夢を結ぶ 3



 

殺した。



そこに生きるもの全て。動くものがなくなるまで。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
それに対する感情は無い。もとより存在しない。
この場に在る全てを殺しつくすことが、世界を救うこと。その他大勢のヒトを救うこと。
この身は、その為の純然な力。ただの剣。



そして、全て殺しつくせば役割は終わり。
分体であるこの身は消滅し、結果が記録となって本体へと還る。


―――だから、吐きそうになる程の嫌悪や絶望は、いつも全てが終わった後なのだ。



逃れることの出来ない守護者の役割。
掃除屋。
それが自身、英霊エミヤ。


こんなものを、誰が、望んだろう――――。








意識が浮上して、俺は自分がただの衛宮士郎なのだと自覚した。
思っていたよりも、その記録を夢として垣間見たことによる衝撃は小さかった。
ある程度の心構えが出来ていたからかもしれない。
あとは、思い返すと俺は一度見ていた。アインツベルン城での対峙で。
あの時と今とでは、胸に抱く想いは違うけれど。

「何を呆けている。」
声がかかって、見るとアーチャーが俺の顔を覗きこんでいる。
手にはタオル。それで今の自分の状況を把握できた。魔力供給後、僅かだけ意識を飛ばしていたようだ。
うん、まあ、と適当な相槌を返すと、アーチャーは、それ以上踏み込まずに俺の体をタオルで拭っていく。
変なところで忠実だなと思いながらも大人しく身をまかせることにした。
「体を起こせ。」
「ん。」
促されて起き上がる。内股をとろりと伝うモノの感触に、ぞく、と体を震わせながらも膝立ちになって。
「掴まっていろ。」
アーチャーの言葉を受けて、正面に同じように膝立ちになった男の肩に手を置いて体を支える。
そうして首筋に顔を伏せた。何度もされているが、羞恥はなかなか薄れない。
すぐに後ろの窄まりに男の指が這う。何度か入口を擽るように撫でた後、つぷ、とその指がなかに潜りこんでくる。
指は二本になり、なかを広げるように蠢く。かき出す動き。そして、排泄感。
それは、なかに注がれたアーチャーの精液。
溢れたそれをアーチャーはもう片方の手に持ったタオルで拭いとっていく。
何度か繰り返し、あらかたかき出し終えると、アーチャーは指をずるりと俺のなかから引き抜いた。
はあ、と息を吐く。熱を逃がすように。
とんとん、と宥めるように叩かれる背中。それは、性的な意味は何も無いのだと伝えるようで。
何度か深呼吸して、ほんの少し兆しかけていた自身を俺は静めた。





服を身につけながら、
「なあ、アーチャー。」
俺は声をかけていた。意味は無いとわかっていたが、止まらなかった。
「何だね。」
「…もし、守護者ってものの正体が解っていたなら、お前は、世界と契約しなかったか…?」
「…………。」
沈黙。俺はアーチャーを見る。アーチャーも俺を見ていた。そして、溜息。
「見たのだな。」
主語の無い確認の言葉に頷く。
そしてまた、沈黙の後、
「結果は変わらんだろう。違いがあるとすれば、覚悟の有無か。………それが、エミヤシロウの歪みだ。」
アーチャーは、淡々と口にした。
「…うん。そう言うだろうと思った。…悪い、変なこと訊いて。」
俺はそう言って苦笑する。



予測はできていた。
エミヤシロウならば、自分の死後と引きかえに救える命があるのなら、それを選ばないわけは無い。
俺が今、アレを見てなお気持ちが揺らがないのだから、仕方がないのだろう。
アーチャーは俺がその道を行くことを認めはしないだろうが。
解っている。俺が正義の味方などという理想を棄てることが、アーチャーにとっての僅かな救いなのだと。
解っていても俺はそれを棄てられない。アーチャーを少しでも楽にしてやりたいのに。


「…何を、考えている。」
「…なんだろうな。」


泣きたくなったが、とりあえず笑った。顔の筋肉が引きつっているのが自分で分かる。無様だ。
「いいからもう、休め。」
アーチャーはそう言うと、強引に俺を布団の上に倒した。
咄嗟に手がアーチャーの袖を掴む。
自分の子供じみた行動に顔が熱くなったが、アーチャーは何も言わなかった。
目元が大きな手のひらで覆われて。
いつからか、俺に対してアーチャーは優しくなった。
それが辛い、なんて。本当に俺はどうしたいんだろう。
目を閉じる。袖を掴んだ手はそのままに、空いた手を、目元を覆うアーチャーの手に重ねて。
伝わる熱、繋がる魔力に安心して、俺は意識を手放した。





■■■■■






しばらくして、規則正しい呼気を感じ、眠ったのだと悟ったアーチャーはゆっくりと士郎の目元にあてていた手のひらを退いた。
掛け布団を被せてやる。そして、そっと髪を撫でた。
守護者の記録や、自身の生きた記録を垣間見るのは辛いだろうと思う。
主従として繋がる以上は、避けては通れぬ道だが。
「…こうして今、お前の下で現界していることで、既に救いはあるのだがな。」
小さく呟く。そう感じられるようになったのは、ごく最近のことだが。
呪いでしかなかった理想の、本来の形を、士郎はこの身に思い出させた。
そして、摩耗してしまった生前の温かな記憶が、衛宮士郎からラインを通して伝わってくる。
その記憶は胸に僅かな痛みも生むが、身に余る幸福も伝えてくる。
この記憶を、記憶として座に持ち帰ることが出来るなら、と願わずにはいられない。
だが、それが不可能であることも、かえってこの記憶が更なる絶望を生むかもしれぬことも解っている。
摩耗したからこそ、自身はある意味保てているのだ。だから、全て詮無いこと。

少なくとも、この刻を共に過ごすことが、救いになっているのだと、士郎に伝われば良いのだが。
「…く、まったく甘くなったものだな。」
アーチャーは自嘲気味に笑った後、眠る士郎の唇に、軽く自身の唇を押し当てて、
「責任をとって、出来うる限り、永く私を留めてみせるのだな。」
そう囁いた。



その声は、柔らかく、優しかった。








終わりです。
無料配布本の書き下ろし部分でした。
一応ハッピーエンドです^^



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