夢を結ぶ 2



 

正義の味方を貫く為に。
名も知らない多くの他人の命を救う為に。
大切に想っていたはずの、■■■を――――殺した。





「っは……ぐっ…か、は……っ!!」
身体を折り曲げ、吐き気に口元を覆う。

オレは■■■を殺した。
(違う、俺じゃない!)
それは正しい行動だった。
(殺したくなんてなかった!!)
それまでの苦悩が嘘のように、その瞬間は躊躇わなかった。
(なんで、仕方が無いなんて、思うんだ………!?)



ぱんっという乾いた音と、その後に訪れた頬の痛みに、俺は瞬いた。
ゆっくり正面を見れば、そこには渋面のアーチャー。

「…正気に戻ったか。」
「アー、チャー。」

ああ、そうか。
俺はまた、みていたのか。
この男の記憶を。

「今度は何を見た。」
アーチャーの問いかけ。
俺がアーチャーの記憶を見ていることは知られている。
答えたくなかった。口にしたくなかった。
だから俺は。
「…お前が沢山のヒトを救う姿を、見た。」
そう答えた。
それだけで、俺が何を見たのか察したらしいアーチャーは。
「…厄介なものだな。」
苦々しく、呟いた。


アーチャーがヒトを救う時は。
アーチャーがヒトを殺す時と同意。

誰を殺したのかまではわからなかった。
ただ、大切なヒトだとは、わかった。
あれは、こいつの過去。
いつも助けるのは、見知らぬ誰か。
殺すのは、心通わせた大切なヒト達。
まるで、自分自身がそうしてきたかのようにリアルだった。
感触も、感情も。
初めはただ、アーチャーの記憶――記録を見ているだけだったのが、
今はアーチャーに深く同調してしまう。
俺は、オレになる。
涙腺が壊れたように、声も出さず無表情で涙を流し。
やがて涙も涸れ果てて。
そうしてこいつは生きていた。
より多くのヒトを生かす為に、容赦なく切り捨てていく。
それを、体感する。
今まで、この記録を見ずに済んでいたことこそが、不思議なのだ。
アーチャーとこれだけ近づいて、深く、繋がっていて。
―――ああ。確かに、正義の味方を貫くしかないだろう。
■■■を殺してしまっては、後になどもう戻れない。
この記憶に比べれば、前に見た死に際の記憶なんて、ずっと優しいものだった。
このままいけば、俺はアーチャーが英霊になった後の記録まで、見ることになるんだろうか。

じっとアーチャーを見る。
そのまま腕を伸ばしてアーチャーに抱きついた。抱き締めた。

吐きそうになったのは、理解できてしまったから。
実際にあの場面に立って、そうするしかないと、一瞬でも思ってしまったから俺は……。

「そうして迷えるのならば、まだお前は越えずに済む。」

静かな声。
身体を僅かに離してアーチャーを見る。
アーチャーは凪いだ目をしていた。
それは、かつて切嗣が見せた表情と、酷似していて。
アーチャーはもう一人の切嗣なのだと、漠然と感じた。

目の奥が、灼ける様に、熱い。――痛い。

アーチャーの言葉に、肯定も否定も返せなかった。
アーチャーの生前の記憶。
磨耗してあやふやな部分も多いけれど、
その分、鮮烈に焼きついた多くの死の記憶。
俺は今、それに囚われている。

「なぁ。アーチャーはヒトだった頃の記憶が磨耗してるって言ってたけど。
 ……あんまり覚えてないのか?」
改めて確認してみる。
「ああ。『記憶』というよりは『記録』といった感じだな。
 その時の出来事に対する感情的なモノは殆ど覚えていない。」
そんな答えが返ってくる。

その答えは、何の救いでも無いんだろう。
アーチャーは■■■を殺したことを、忘れたくなどなかっただろう。
その時の感情も、全て。
きっと、そういった感情が薄れていくことにも、絶望したんだと思う。

あの、血を吐くような独白を、思い出す。
現実味を伴って、俺はそれを理解する。
救いなど。他人による救いなど、無いんだろう。
どんな言葉をかけた所で、届かない。
なによりこいつは受け入れない。――赦さない。
自分を救えるのは自分だけ、という言葉がこれほど当てはまる奴もきっといない。
俺は、何もできない。
あるとするなら、アーチャーと同じ道を歩かない姿を見せることだけ。
それは、俺にとっては難しい道。
どうしたって。
あの過去を知っても。
正義の味方という在り方に疑問を抱いても。
あの日夢見た、子供じみた理想が、頭から離れることは、無いのだから。



「…アーチャー。好きだ。」
この言葉が、アーチャーを切り裂く刃でしかなくても。
「…好き、だ。」
結局俺は、こんな言葉ひとつしか、アーチャーにやれるものが、無い。
「…たわけ。」
呟きを落とし、アーチャーは俺を強く、抱く。
俺は目を閉じた。


ここまで見てしまったのだから、全て、見たいと思った。
そうして知った所で、アーチャーの背負っているものが軽くなるわけではないが。
ただの自己満足でしかないが。
それでも。
知らないままではもう、俺は何も、言えないから。



記憶で見た、■■■に。
俺はごめんと呟いた。







ゼロの影響もの凄く受けてます。
切嗣=アーチャーみたいな。いや、むしろ切嗣より酷い過去だと思ったり。
そうして生きて、切嗣が生きた年月よりもずっと早く死んだ気がする…。
■■■に当てはまるのは、きっと一人じゃなく。
大切なヒト悉くを、直接、または間接的に殺してしまったのかなぁと。
そんなアーチャーの記憶、記録を見て、同調してしまったら。
さすがに士郎も辛いだろうな、と。



小話・雑感部屋へ戻る