鮮明な記憶 1



  衛宮士郎の肉を斬った感触を、この手はまだ、覚えている。 時折、フラッシュバックする。 アインツベルン城。 衛宮士郎への殺意。 剣を通して伝わってきた、肉を斬る感触。 やっと殺せる、そのことへの歓喜。 そして―――最期にこの胸を貫いた、衛宮士郎の剣の感触も。 覚えている。全てがまだ、鮮明。 「…何か、用でもあるのか、アーチャー。」 「?」 近付いてくる士郎。 どうやら、この小僧にもわかるほどに、凝視していたようだ。 目の前まで来る。その、無防備さ。 いつからこんな風になったのか。 何も言わない私に、士郎は眉を寄せながらも視線を向けてくる。 見上げてくる顔。 士郎の腕を、掴む。抗わない身体をそのまま引き寄せ、掻き抱いた。 流石にこれには驚いたらしいが、身体が強張ったのは一瞬だけ。 すぐに、身を預けてくる。 自分はまだ、この身体を、斬り裂きたいのだろうか。 ……いや、違うな。オレは、ただ――― 「どうか、したのか。」 士郎がそう声をかけて、私の背中に腕をまわし、軽く叩く。 それはまるで、あやす様。 「…なに、この身体が欲しいと。お前に触れたいと、そう思っただけだが。」 そう。オレはただ、士郎を欲しているだけ。 耳元で囁き、そこに口付けを落とせば。 士郎はわかり易く身体を跳ねさせた。 私の胸に、顔を押し付けてくる。 そうして言ってきた言葉は。 「っ、もう、何回も、やってるじゃ、ないか。」 これ以上、やれるものなんて持っていないと。 くぐもった声で、そんなことを言ってくる。 ああ、どうかしている。 こんな言葉ひとつで、簡単に、欲情する自身が可笑しくて。 くつくつと、喉の奥で笑っていると。 機嫌でも損ねたのか。 「くそっ、笑うな。…いいからもう、離せっ」 士郎はそう言って、私の腕の中から逃れようとする。 馬鹿な男だ。今更遅い。 「そう言われて、離すとでも思っているのか?」 少し身体を離し、顔を覗き込んで言ってやれば。 顔を赤くしながらも、睨み付けてくる。 その強い視線。 吸い込まれるように。 士郎が何かを言い出す前に、その口を塞いでやった。 初めから深く、重ねる。舌で唇を舐めれば、応えるように薄く開く。 僅かに覗いた士郎の舌を絡めとり、吸う。 私を引き剥がそうとしていた腕は、いつの間にか縋るものに変わっていた。 どうかしているのは、自分だけに限った話ではないなと思う。 この衛宮士郎も、十分、どうかしている。 枯れ果てた、この身を受け入れるなぞ… 「は…ぁ…」 銀糸を引きながら唇を離すと、まるで、こちらを煽る様な甘い声を零す。 無意識だろうが、だからこそ性質が悪い。 士郎の濡れた唇を親指でなぞる。 融けた目で、私の行動を見る士郎の目尻に唇を寄せる。 小さく吸い付けば、それだけのことにも震える身体。 ここまでの身体にしたのは、自分だったか。 そうして身体を離してやれば、士郎は不思議そうに見てくる。 「なんだ。この場で、されたいのか。」 私がからかう様に言えば。 ようやくここが庭先であったことに気付いたらしい士郎が、顔を紅潮させる。 「お望みとあらば、応えんことも無いが?マスター。」 止めとばかりに言ってやると。 「だっ、誰が望むか!この、馬鹿っ!」 まるで逃げるように、背中を向ける士郎。 その身体をもう一度。背後から、抱き締めた。 腕に力を込める。 忘れて久しい、ひとつの感情が、実体化していることで、 鮮やかに蘇る。 いや、生前、果たしてオレは、持っていたのだろうか。 これほどまでの強い、欲、を。 この身を焦がす想いは、恋情などという綺麗なものではない。 どろどろの欲望だ。 ただ、衛宮士郎が、欲しいのだと。 「…アーチャー。家、入ろう。」 士郎の声で我に返る。 その声が、この腕から、逃げる為のものではないことに、眩暈がする。 答える代わりに、士郎の髪にひとつ、口付けを落とした。 今も鮮明な、あの日の剣戟。 衛宮士郎の肉を斬り裂いた、この手の感触よりも。 奴の鋼に胸を貫かれた、あの瞬間こそが、 より、鮮明なのだと。 弓視点。 アーチャーも士郎に惚れているんだよと、そういう話。 小話・雑感部屋へ戻る