傷つけあう意味 1



  ぎぃ……ん と鋼を打つ音。 一度刃を合わせただけで、俺の干将莫耶はひびが入る。 くそ。まだまだ工程が甘いのか。 アーチャーの完璧に投影されたそれを、何度目にしていてもなかなか自分のものにできない。 容赦なく打ち込まれるアーチャーの干将莫耶に、ついに競り負けて俺の投影したものは霧散する。 間髪いれずに迫ってくるアーチャーの攻撃に。 「投影開始!」 一呼吸で再び干将莫耶を投影し、それを受け止める。 が、今度は一撃で俺の剣は形を無くし、アーチャーの剣が俺の身体を斬りつけようと迫る。 「っ!!」 思いきり横にとんでそれをぎりぎりかわす。 だが、かわしきれずに腕を浅く斬られた。 「っは、はぁっ…はぁっ」 荒い息をつく俺とは対照的に涼しげな顔をして佇むアーチャーはゆっくりと構えなおす。 俺は一度深呼吸をして、再度、干将莫耶を投影する。 今度は先ほど、一撃で霧散したそれよりはましにできた。 だが、これも正面から受け止めればもって三撃。うまく受け流すことができればもう少し長くもつか。 ぐ、とグリップを握り締めて、俺は躊躇わずにアーチャーの懐に飛び込んだ。 待ち構えていたかのようにアーチャーの腕があがり、俺の右肩から袈裟斬りするように振り下ろされる。 それを自らの二つの剣で受け止め、すぐに力を流すように弾く。だが相手は英霊。 力で敵うはずもなく、弾いたと同時に俺はバランスを崩して身体が傾ぐ。 その隙を目の前の男が見逃すわけもなく。 「、あ」 脳天に振り下ろされる剣。感情を見せない鉛の視線。 死んだな、と思った。 ぎぃんと甲高い音と火花。 「そこまでです、アーチャー。」 凛とした声が響く。そう、俺たちの手合わせを見ていたセイバーがアーチャーの剣を受け、弾いたのだ。 アーチャーはセイバーの介入に一、二度瞬きをすると、ひとつ息を吐き、手にしていた剣を霧散させた。 「やりすぎですアーチャー。シロウを殺す気ですか、貴方は。」 「ほんとにね。やたら熱が入ってるんだもの、アーチャー。」 セイバーの諌める声に相槌を打つもうひとつの声。ああ、遠坂もいたんだったな。 女性二人に責められて、む、とアーチャーは少し唸るが。 「この男が不甲斐無いだけの話だろう。」 そういってじろりと俺をみてくる。確かにその通りなので俺はいいかえせずに、ぐ、と黙り込む。 「そういう問題ではありません!」 納得できないとばかりにアーチャーに詰め寄るセイバーに。 「待った、セイバー。アーチャーは悪くない。元はといえば俺が無理に頼んだんだから。」 俺がそう言うと、セイバーはきっ、と俺を睨みつけ矛先を俺へと向けてきた。 「そうでした。そもそもはシロウが無茶を言い出したのでしたね。  サーヴァントを相手に真剣で手合わせなど正気を疑います。  私との手合わせの時のように、竹刀を、もしくは木刀にとどめておくべきです。」 一気にまくし立てるセイバー。確かに正論なんだが。 「それじゃアーチャーと手合わせする意味がない。竹刀や木刀を使ってやるなら、  今までどおりセイバーに頼んでるよ。俺は、投影魔術と二刀での戦い方の鍛錬の為に  アーチャーに無理言ったんだ。」 そう答えた俺に、なおもセイバーは言い募ろうとしたが。 「もう何言ったって無駄よ、セイバー。」 呆れつつ遠坂がセイバーを制した。 「士郎が一度言い出したことを、なかなか曲げないのはセイバーだってよくわかってるでしょ。」 「凛………わかりました。  ですがシロウ、これだけは。またアーチャーと手合わせをする時は必ず、私を立ち合わせてください。」 「それはわたしも賛成。あんた達、危なっかしいんだもの。いいわね、反論は受け付けないわよ!」 いつの間にかそんな風に決められてしまったけれど。 「ああ。助かる。ありがとう、セイバー、遠坂。」 俺にとっても、その申し出は願ったりだった。 きっとこの方がアーチャーも安心できるだろう。 アーチャーに、俺を殺す気など今は無いことはきっと確かだ。 それでも剣を打ち合わせることで、奥深くに根付いてしまった感情が再び浮き上がってくることは、 多分あるんだと思う。長い、長い間。アーチャーは自らを殺すことだけを希望にしてきたのだから。 そして、先ほどの手合わせは、俺にもあの剣戟を思いおこさせた。 アーチャーを否定して剣を揮ったあの時を。 二人きりになって、アーチャーが俺の名を呼ぶ。 振り返ると、苦虫を噛み潰したような渋面のアーチャー。 先ほど斬りつけられた方の俺の腕をとって。 「あの程度の攻撃、完全に避けろ。たわけ。」 叱る口調とは裏腹に、甘く傷口に口付けてくる。 「アーチャー、お前、あの時衝動的に俺を殺そうとしただろ。」 小さく笑いながら、軽く俺が言えば。 「…ああ、つい…な。」 アーチャーも口元に笑みを浮かべながら答える。 こんな物騒なことを笑いながら言える俺たちは、たぶんどちらもどこかおかしい。 「しかし、こんな目にあっておきながら、まだ私と手合わせをするというのか。」 「ああ。諦めて付き合ってくれ。あと、頑張って衝動、抑えてくれよ。」 「…知らんぞ。まぁ貴様は悪運だけは強いからな。少々のことでは死なんだろう。  簡単に死ぬような奴ならば、…私の望みはとうに、叶っていただろうにな。」 「そうだな。でも、仮定の話なんて意味は無い。  俺は今ここに生きているし。アーチャーお前もここにいる。」 俺はそういってアーチャーの胸に触れた。 手のひらを心臓のあたりにあてて、目を閉じる。 とくんとくんと脈打つのが伝わってくる。 「……ああ。そうだな。」 アーチャーは噛み締めるように呟くと、俺の閉じた瞼に口付けをおとした。 傷つけあいながら、愛し合う。そんなイメージです弓士。 精神的に傷つくのは弓で、肉体的に傷つくのは士郎。 なんとなく、精神面では士郎のが強い感じ。 小話・雑感部屋へ戻る