槍士





「シロウは貴方の玩具ではありません、ランサー。」 話しておきたいことがあると、至極真剣な表情でセイバーが告げ、 それを軽く請け負ったランサーは今、騎士王と二人、人のいない公園のベンチに座っている。 僅かな沈黙の後のその言葉に、槍兵は瞬いた。 そして苦く唇を笑みの形に歪める。 「そう、見えるか?」 「はい。」 「別にこっちはそういうつもりは無ぇんだが…ってことは、坊主もそう思ってんだろうな。」 「違う、というのですか。」 「ああ。」 「信じられません。」 「ま、だろうな。」 ランサーの否定にセイバーは眉を寄せるだけ。 どうしたものかとランサーは天を仰ぐ。 先程からちりちりと心地良い殺気に似たものを隣に座るセイバーから感じる。 適当にはぐらかして一戦交えても良かった、と思いつつも真面目に応対したのは、 セイバーがこうして直接釘を刺さねばならないと決心するほどに、 彼女のマスター、衛宮士郎がまいっている、という事実が見えたからだ。 「…では、貴方はシロウに対してどの様な思惑で接しているというのですか。」 セイバーは静かに問う。 嘘も誤魔化しも赦さない、というように。 その目は鋭い。 ランサーは一つ溜息を吐き、目を閉じて考えてみた。 手を出したきっかけは、ただの遊びの延長だ。 いくらかの好意はその時点であったが、口にする程のものでもなかった。 抱いて、初めて知る一面を垣間見て、もっと見たいと興味がわいた。 そうして今に至るわけだが。 惚れてると言ってしまえばそうなのだろう。 体の相性もいいし、挑むような視線も気に入っている。 「あー…まぁ、からかうと面白えよな坊主。」 つい本音を零してしまったランサーに、セイバーはすっと目を細める。 「やはり、そういうことなのですね。  いいでしょう、マスターの平穏を守るのもサーヴァントである私の務めです。」 言い放ち、剣を構えようとしたセイバーをランサーは手を上げて制し、 「坊主のことは好きだぜ。どう見ても野郎だが、まあ惚れちまったものは、しょうがねぇよな。」 そう、何でもないことのように口にした。 セイバーは暫しランサーの貌を凝視した後、はあと一つ息を零して確認の言葉を投げかける。 「その言葉に、偽りは無いのですね、光の御子。」 それにランサーは頷き口端をあげる。 「同性って突っ込みは無ぇのか。」 「それは当人同士の問題ですから。あとはシロウの気持ち次第です。  …シロウがどう思っているのかは解りませんが、嫌ってはいないでしょう。」 「なんでそう思う。」 「シロウが貴方を嫌っているならば、自らの内に易々と踏み込ませはしないでしょうから。」 「へえ、アンタがそう言うなら、そうなんだろうな。」 いくつかの言葉を互いに交わした後、セイバーは、 「とにかく、シロウにはっきりと示して下さい。私が貴方に望むのはそれだけです。」 最後にそう告げて立ち上がると、ランサーの返答を待たず、では、と背中を向け立ち去った。 その背中をランサーは見送り、右手を上げてくしゃりと自身の髪を掻き混ぜ、過保護なものだと呟いた。 セイバーも衛宮士郎に対し、特別な感情を抱いているだろうに、 そんな自分の感情は微塵も見せずに、ただマスターの身を案じているのだというポーズを崩すこと無く。 「…どうすっかな。」 今更、という気もする。 第三者に介入されてというのも面白くは無い。 ランサー自身は今の距離感が心地良くもある。 だが、衛宮士郎にとって今のこの状況が苦痛でしかないのならば話は別だ。 『快楽に溺れるタイプでもねぇしな…』 侵している時の様子を思い返せば、快楽と苦痛が紙一重。 お前に惚れている、と言えば何か変わるだろうか。 ある意味、完全に拒絶を示すかもしれない。それとも逆か。 「…それはそれで、また楽しめるか。」 ランサーはそう声に出すと、勢いよく立ち上がった。 決めてしまえば行動に移すのは早い方がいい。 告げた後の士郎の反応を色々と想像しながら、ランサーは口の端を上げて歩き出した。 ―――その数日後。 はぁ、と溜息が我知らず零れる。 買出しを済ませた後、士郎は公園の方まで足をのばしていた。 視界に入ったベンチまで歩み寄り、買い物袋を端に置いて腰を下ろす。 そしてまた、溜息。 原因は一つだ。槍兵、ランサーのこと。 一度目は道場。 二度目は自室で、犯られた。 おかげでその場にいるだけで、その時のことを思い出して堪らなくなる。 犯られたことというよりも、それに対しての自分の気持ちの在処に士郎は頭を悩ませていたのだが。 『…やっぱり俺、ランサーが好き、なのかな…』 声には出さずに自身に問い掛けてみる。 好きか嫌いかで言えば、好きには違いないが、それが恋愛感情なのかと問われれば、 士郎には答えが出せなかった。 今まで『恋愛感情』という意味で、誰かを好きになったことなど無いからだ。 相手は男で、自分とは同性。 それ以前に人間ですらない。サーヴァント。過去の英雄。 とにかく普通とは程遠い存在で。 そんな存在だからこそ、こんなわけのわからない想いを抱いてしまったのかもしれないが。 そんな風にぐるぐると思考の渦に呑まれてしまっていたから、 士郎は自分に近付く者に気付かず、男の接近を許してしまった。 「まさか、まだ気付かねぇとはな、坊主。」 そう声をかけられて、初めて士郎は聞き慣れたその声に、はっとして俯けていた顔を上げた。 途端、 「って!」 ぱちん、と額を指で弾かれて、瞬間的な痛みに呻き手でさすりながら、目の前に立つ男の姿を見た。 「ランサー……いきなり何するんだ…っ」 睨みながら一言文句を言った士郎を、軽く笑って流したランサーは、士郎の隣にごく自然な動作で腰を下ろした。 そんなランサーにそれ以上は何も言わず、士郎はふいと視線を外して黙り込む。 思い悩んでいた元凶が突然目の前に現れて、士郎は少し動揺していた。 『こりゃあ、重症か。』 ランサーは内心で呟く。 誰の邪魔も入らないタイミングを見計らっていた矢先、1人買い物袋をぶら下げて ふらふらと公園にやってきた士郎を発見し、暫く様子を見ていたランサーは、 士郎の状態が先日セイバーが言った通りであることを確認した。 そうして声をかけて今に至る。 当の士郎は隣に座るランサーを意識しつつも、また自身の内に沈みこんでしまっている。 どうしたものかとランサーはズボンのポケットから煙草を取り出し、一本口に銜え、 ルーンの力で火を点けて深く紫煙を吸い込み、目を細めた。 隣から煙草の匂いが漂ってくる。 あ、ランサーの匂いだ、と士郎は思う。 現代にすっかり溶け込んでいる神代の英雄。 不思議な縁だ。 一度その槍に心臓を貫かれた恐怖は、完全に消えてはいない。 だが、顔を付き合わせ始めて、まだそれ程時は経っていないが、 その短い時間でもわかるランサーという男の魅力。 『…言って、みるか…?』 引かれるかもしれない。 だが言葉にしてみることで、自分の気持ちにも気付けるかもしれない。 もともとこんな風に胸に何かを溜め込むのは、好きではないのだ。 『よし。』 士郎は決心して、隣に座るランサーを見据えた。 ランサーがそれに気付いて、煙草を銜えたまま目線を合わせてくる。 視線を逸らさず士郎は、喉の奥から伝えるべき言葉を吐き出した。 「ランサー。俺、あんたが好きだ。」 「…………………あぁ?」 士郎の言葉に、ランサーは間抜けな声を出した。 ぽろりと銜えていた煙草が地面に落ちる。 しばしの静寂。 士郎の心は晴れていた。 こんなに簡単なことだったとは、思っていなかった。 ランサーに対して伝えた言葉が真実であることが、理解できる。 やっぱりそういう対象として好きになっていたんだな、と。 多分ランサーには、今の反応から自分の気持ちは正しく伝わっていると思うが、 念の為に付け加えておくことにした。 「あ、恋愛感情の方だからな。」 「…待て。ちょっと待った。」 ランサーは片手で顔を覆うと、どこか狼狽えたように頭を振る。 「悪い、気持ち悪いよな。別にだからどうだっていうわけじゃないんだ。  ただ俺自身が、はっきり解っておきたかっただけで、あんたに何かを求めてるわけじゃない。」 「だから待てっての!」 士郎の言葉にランサーが制止の声を被せる。 不思議に思う士郎の前で、ランサーは肩を震わせ始めた。 ランサーは――――――笑っていた。 「まさか先を越されるとは思ってなかったぜ。いやあ参った…!」 ランサーはくつくつと笑いながら、顔を上げて士郎を見た。 士郎は何故ランサーが笑い出したのか解らず、呆けた顔でこちらを見ている。 笑うしかないだろう。 こちらが言おうとしていたことを、先に言われてしまっては。 自分が何も言わないのはフェアではない。 ランサーはひとしきり笑ってから、士郎と改めて向き合うと、 無造作に手を伸ばし、肩を抱き寄せて顔を近づけた。 「っ、ラン…」 「俺も、好きだぜ。…惚れてる。」 「!!」 至近距離で驚いた顔を見せる士郎に小さく笑って、 ランサーは軽いキスを、その唇に落とした。 「――で。とりあえず気持ちの確認もしたことだし、一発やっとくか。」 「なんでさ。調子に乗るな。」 「残念。」 「…俺が何言ったって、やりたい時は勝手に手出してくるだろ、あんた。」 「否定はしねえが、折角だしな。はじめっから合意の上ってのは、まだ無いだろ?」 「………それはそうだけど、さ。………考えておく。」 そんな会話をしながら、士郎とランサーは二人隣り合って歩いていた。 買い物袋を互いに一つずつ提げて。 流れで今日はランサーも衛宮家の食卓の輪に加わることになったのだ。 気持ちの確認をした所で、今までの関係が大きく変わることはないだろう。 特にランサーの胸中には殆ど変化は無い。 変わったとすれば、それは士郎の胸中で、何が変わったかといえば、 ランサーを受け入れている理由を自覚できたという、ただそれだけのこと。 だが、たったそれだけの自覚で士郎の心は軽くなった。 ランサーと今まで以上に気安く接していけるだろう。 人間とサーヴァント。 こんな奇跡、そう長くは続かないだろうが、悔いだけはないように付き合っていこうと士郎は心に決めて。 ランサーは、続く限りは惚れた相手と楽しく日々を過ごそうと、いつものように、からりと笑うだけだった。 士郎からの告白でした。 この後の両思いHは、またいずれ…。