愉しみはここに
木漏れ日の中、獅子の体を枕に穏やかに眠る二人の姿。
一方は短く柔らかな黄金の髪を持つ青年。
一方は緑色に淡く輝く長い髪の、性を感じさせない、少女とも少年ともとれぬヒト。
二人は幸せそうに寄り添い眠る。
お互いが唯一無二である、というように――――。
―――久しぶりに、夢を見た。
夢、というのは正確ではない。
これは契約で繋がっているサーヴァント、ギルガメッシュの記憶だ。
細部はあまり覚えていないが、心の内が温かくなるような、そんな記憶だった。
これが普段通りの朝であったなら、良い夢を見たな、で済んだのだが、
完全に目覚め、前後を思い出した自分にとっては、夢の内容に浸るどころではなかった。
全裸、である。
全裸の俺は、同じく全裸であるギルガメッシュの胸に顔を押し付けている。
俺が自ら擦り寄っているわけではなく、ギルガメッシュによって抱き込まれている状態だ。
男の右腕はがっしりとこちらの腰に回され、左腕を自分は枕にしていた。
せめて服を着ていれば、いつも通りただ抱き枕にされただけだと現実逃避できたのかもしれない。
いや、無理か。倦怠感、下肢を中心に疼痛。視線を自分の身体に向ければ、紅い痕が点々と。
――――――――――奇声を上げなかった自分を、誰か、褒めて欲しい。
醜態の数々。あれやそれ。鮮明に思い出してしまって泣きたくなった。
初体験ってもっと痛かったりするものではないのだろうか。
怖ろしいことに痛みの記憶が挿入れられた瞬間しかないのはどうなんだ。
……自分の身体のせいではなく、ギルガメッシュの技巧によるものだと思いたい。
はぁ、と小さく息を吐き出す。起きてしまったことを、ぐだぐだと考えていても仕方がない。
今はどうやってこの男の腕から抜け出すかを考えるべきだ。
正直、全裸というのは落ち着かなかった。主に足の間が。
早く服を着たい、そう思いつつ自分の身体に落としていた視線を上げれば目の前の男の胸が視界に飛び込んでくる。
白い肌。そこに走る朱い刺青のような線。しっかりとした胸板、腹筋。
計算されつくしたような肉体美、というのだろうか。確かにギルガメッシュの身体は美しいと思う。
知らずそんなことを考えて頬が熱くなる。何を考えているんだ俺は、と頭を振って顔を上げれば
ギルガメッシュの寝顔を真正面から拝むことになった。
――別に、寝顔を見るのは初めてじゃない。
初めてじゃない、のに、今まで気にならなかったことが気になってしまう。
柔らかそうな前髪、細い眉、睫毛も金色がかっているだとか、薄く開いた唇から零れる吐息だとか。
「………っ」
息が止まる。今更ながら、自分は様々な事をこの男に許されているのだと自覚して胸が熱くなる。
出逢った当初は令呪の力が無ければ、その姿を見ることさえ許されていなかったのに。
今ではこんな無防備な姿を間近で見ている。
見る、だけじゃない。深く、触れあってしまった。
ギルガメッシュが俺に触れるだけではなく、俺がギルガメッシュに触れることも赦された。
触れて、縋りついて、背中に爪を立てた記憶もある。それをこの男は笑って赦した。
………駄目、だ。なんだろうこの乙女思考。
エリザベートのSG“恋愛脳【スイーツ】”が脳裏を過っていった。
あそこまでではないが恥ずかしくなってきて、もうどうにでもなれと何も考えずに
ギルガメッシュの腕の中から逃れようとして、
「ひぁ……っ!!」
背筋を駆け上がった妙な感触に間抜けな声が出た。
原因はすぐに分かった。俺の腰に回されていたギルガメッシュの腕が動いていた。
俺の腰から背中を、男の手が下から上へと撫で上げたのだ。
驚いて目の前の顔を見ればうっすらと開いた瞼の奥、血色の瞳が俺を捉えていた。
「…王の、眠りを妨げるとは……」
そうして呟かれた言葉に力は無い。まだ寝惚けている。
この隙に逃げ出そうとしたが、それよりも早くギルガメッシュは俺を抱き寄せた。
「――――っあ」
思わず声が出てしまったのは、男が俺の喉元を甘噛みしてきたからだ。
急所を相手に晒す、相手に委ねる、昨夜散々味わったものの慣れるはずもなく震えていると
俺を抱くギルガメッシュも震え始めた。それと同時に男の口から音が零れる。
――間違いない、笑い声だ。
「………ギルガメッシュ……」
我ながら情けない声で男の名を呼べば、ギルガメッシュは俺の身体の上に乗り上げて見下ろしてきた。
「昨夜散々教え込んだというのに、未だ処女のようだな」
「慣れるか!」
完全に覚醒したギルガメッシュのあんまりな発言に反射的に言い返しつつ
起き上がろうとした俺の身体は再びベッドに沈んだ。悲鳴付きで。
「………………聞きたくない、けど、何を……?」
「こちらの覚えは良さそうだな。これだけ軟らかければ問題あるまい」
「問題なんて、大有りだ……!!」
ギルガメッシュの指が、潜り込んでいる。どこにって昨夜散々つかわれた場所にだ。
疼痛を訴える後孔に挿しいれられた指は二本。その指がぐに、と内を広げてくる。
「ぅあ…っ、ギルガメッシュっ、むり、だって…!」
「何故怖がる?愉しめと言ったであろう。」
「それ以前の、問題、だっ!なんで朝から……っ!!」
「ハッ!我がその気になったからに決まっている!」
「ちょっ、なんで準備万端!?」
「朝だからな」
「――――――!!!!」
俺の抵抗は無駄に終わった。素晴らしい手際のよさでギルガメッシュは俺の後孔に挿入れていた指を引き抜き
既に十分な硬さをもった男のものが代わりに突き込まれた。
「――っは、あっ……!」
衝撃に止まっていた呼吸を再開すれば途端に内のものを意識してしまう。
容赦なく突き込まれた灼熱、だが身体はその形を覚えていたようで、
まるで悦んでいるように内部が蠕動するのが分かる。
「こちらの口は素直だな」
「……っも、おまえ、さいてい、だ……っ!」
「褒めているのだ、ここは喜ぶ所だぞ」
俺を侵す男は本当に心底愉しげで上機嫌だ。ゆるりと奥深くで腰を円を描くように動かされて
ぞくぞくと快感が身体の奥から押し寄せてくる。
こうなってしまえば後はもう、ギルガメッシュの気が済むまで付き合うしかない。
「……せめて、いっかいで、おねがいします」
神妙に涙目で訴えてみる。男のプライドなどとっくに宙の彼方だ。
抵抗の薄さから俺の状態を読み取ったのか、男はひとつ頷くと、
「仕方あるまい。壊してしまってはつまらんからな」
などと怖ろしいことを言いつつも俺の訴えを受け入れてくれた。
その事に甘さを感じながら俺はギルガメッシュの首に腕を回す。
なるべく早く終わりますようにと願いながら、目を閉じて降りてきた男の唇を受け入れた。
そしてまた俺はギルガメッシュの腕を枕にベッドに沈んでいる。
戯れだろう、俺の髪を梳く男の指が少しくすぐったい。
行為は一回で終わったものの、その回数はギルガメッシュのもので、
俺はというとやはり何回か吐精するはめになって案の定ぐったりしていた。
「そのような軟弱な身体では王の相手は務まらぬぞ」
ギルガメッシュの相変わらずな王様発言に、いやもう本当に勘弁してくださいと言いかけて、
余計な事を言うとまた墓穴を掘りそうだ、と俺は咄嗟に言葉を呑み込んだ。
そのかわりに、今朝方見た夢の話をしてみることにした。
「……久しぶりに、おまえの夢を見た」
そう言った俺をギルガメッシュは目を細めて見つめてくる。
「続けよ」
促されて、俺は目を閉じてその夢を、ギルガメッシュの記憶の風景を思い起こす。
「ライオンの体に寄り添って、おまえと、おまえの親友がいた。気持ち良さそうに眠ってた」
それだけ告げて目を開くと、懐かしむような色を浮かべたギルガメッシュの貌が目に映る。
何という事もない風景、それをこの王が大切に想っていることが良く解る、そんな貌。
男は特に何を言うことも無く俺を抱き寄せて旋毛に口付けてきた。
俺の存在が、孤独を選んだこの男にとっての何なのか、それを形にすることは難しいのだと思う。
あえて言うなら、俺はこの王にとっての“愉しみ”。それ以上でも以下でもない。
ならば、俺が男の“愉しみ”であり続けるなら、ずっと傍にいることもできるのだろう。
今はそれを望む。
ギルガメッシュは新天地に辿り着いてから時折、俺の前で子供のように無邪気な幼い貌で笑うようになった。
俺は王の親友の代わりになることは出来ない。
それでもその笑顔が、友が隣にいたあの頃に見せたものと近ければ嬉しいと思う。
俺の存在によって彼が愉しめるのなら、それに応えるように生きようと思う。
「ギルガメッシュ、今日はこれからどうするんだ?」
「そうだな…この近辺は把握した。足を延ばしてみるのも悪くないが…今日は無理だな」
「?」
「動けぬだろう、雑種」
「……誰のせいだよ」
「はっはっはっは!まぁ急ぐ旅ではない。今日のところは大人しく寝ておけ」
そんなわけで、どうやら今日一日はベッドでごろごろして終わりそうだ。
せめて服は着たいなどと思いつつも、まあいいか、と思う自分もいて。
厭きもせず俺の髪を梳く男の言葉に甘えて目を閉じる。
ギルガメッシュの記憶をまた夢で見られればいいな、と思いながら。
蛇足、みたいな。
ほっとけばずっとにゃんにゃんしてそうで拙い二人。
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