夢現





胸が騒ぐのは、何故だろう。 俺は誰よりも、ソレを知っている気がする。 「そんなに私の左腕が気になりますか?士郎君。」 バゼットにそう声をかけられて、初めて俺は彼女の左腕―義手を凝視していたことに気付いて。 「っ悪い!そんなに見てたか、俺…?」 慌てて謝った。じろじろ見るなんて、不躾にも程がある…! 「特に嫌な感じではなかったので、気にしていません。  随分熱心に見つめているので、どうしたものかと。」 バゼットはくすくす笑いながら言ってくる。 どうにもバツが悪くて俺は横を向いて頬を掻く。 「…どうぞ。気になるのでしょう?」 ふいにバゼットがそう言って左手を差し出してきた。 ぱち、と瞬く俺にバゼットは笑みを見せる。 「理由を聞き出すつもりもありませんから。」 「……いいのか?」 気になっていることは確かなので、バゼットの提案に俺は抗えず、そう確認する。 バゼットはひとつ、頷いてみせた。 そうだ。気になるのは、ただの義手ではないから。 カレンが『悪魔憑きの腕』と言っていた。 その事が、ずっと、気になっている。 俺は握手をするように自分も左手を上げて、バゼットが差し出した左手に重ね合わせて。 「!!」 触れた途端。 ばちん、と電流が走り抜けたような感覚と、 誰かの驚愕のような声が、響いた気がした。 「どうかしたのですか、士郎君。」 バゼットが不思議そうに俺を見てくる。 どうやら先程の感覚は俺だけが感じたもののようで。 「あ、いや。なんか静電気、みたいにばちっと感じたんだけど…。」 「そうですか?」 俺がそう説明すると、バゼットは首を傾げた。 そんなやりとりが昼間あって。 その日の夜。俺は妙な夢を、見た。 夢を見ている中で、夢だと解る。 そんな感覚は珍しい。 辺り一面は暗闇。 ぐるりと見渡せば、俺の目は何かを捉えた。 蹲る何か。 それはしゃがみこんだ人の姿で。 何故か途方にくれているように感じた。 「あー、吃驚だ。未練なんて無いハズなんだけどなァ。」 ソイツはそんなことを呟いて。 そして俺に気付く。 はっきり表情が見えるわけじゃないが、意外そうな顔をしていた気がする。 「もしかして、コレがオレの心残りってヤツか…?  そういえば、まともに話したことは無かったっけ。」 そう言って立ち上がり、俺に近づいてきた。 その姿は、つい先日、バゼットとカレンに弄られた時の俺、そのもので。 俺とは違う満面の笑みを浮かべて、ソイツは話しかけてきた。 「始めまして。いや、久しぶりかな?ちゃんと会えて、嬉しいぜ、化け物。」 その瞬間。俺は理解した。 まるでそれは初めから俺の中に在ったように、 当たり前に目の前の存在を受け入れた。 何故忘れていたのか。 俺は誰よりも、コイツを知っている…! 「誰が化け物だ。お前に言われたくないぞ。アヴェンジャー、アンリマユ。」 だから俺は、目の前で笑う俺とそっくりなその男に、そう言い返してやった。 何が楽しいのか、笑みを絶やさない男が、俺に問いかけてくる。 「オレが何者なのか、解るんだ?」 「…ああ。解る。」 「それはなにより。説明するっていう余計な手間が省けて良かった良かった!」 そうしてまた笑う。 自分とは間逆の在り方。 あの4日間、俺、衛宮士郎はアンリマユで、アンリマユは衛宮士郎だった。 「…アヴェンジャー。」 「なんかカタいな〜、アンリって呼ばない?」 「…じゃあアンリ。どういうことなんだ、これ。お前は確かにあの時……」 俺の言おうとしていることが解ったのか、アヴェンジャー、アンリは頷いて。 「ああ。オレの本体はキレイにあの時、無に戻ったよ。  だからオレは残骸、欠片みたいなモンじゃないか?」 さらりとそう答えてくる。 「欠片?」 「そう。オレ、バゼットの左腕にされたことがあってさ。  その時の『オレ』が残ってたってことじゃないの?  今まで意識らしきモノは無かったんで、  こーやって誰かと話すのはおまえとが初めてなんだけど。」 オレもさっぱりわかんねぇ、などと肩を竦めるアンリ。 「もしかして、俺がバゼットの左手に触ったから…か?」 俺がぽつりと漏らした言葉をしっかり拾ってアンリが口笛を鳴らした。 「へーえ、あの鉄壁の女が触らせてくれたんだ、ふーん。」 「…そういう言い方はよせ。」 「いーじゃん別に。ま、それで解った。おまえが触ったんじゃあ反応くらいするよなぁ。  オレの殻だったわけだし。」 うんうんとアンリは納得している。 …でも、本当にそういうこと、なのかもしれない。 アンリがバゼットの左腕だと言ったことに嘘は無さそうだし。 欠片、という言葉は気になったが、今はいい。それよりも――。 「なぁ……なんで、その姿なんだ?」 俺はアンリを上から下まで眺めて言った。 黒い肌と髪、赤い腰布とバンダナ。全身の刺青。 こいつが俺の形をとっていて、こんな姿をしているせいで。 俺は酷い目にあったのだ。 「なんでって言われてもなー。バゼットがオレを取り込んだ後も、  こういう認識してるからじゃねーの?」 アンリは首を傾げながら腰布の裾を軽く持ち上げる。 「…俺が訊いたのは、そこじゃなく。もっと根本的な事なんだけど…。」 微妙にズレた答えに俺が問い直すと、アンリはぱちりと瞬きして。 「さぁな。おまえの殻を被ったら、もうこの姿だったし。」 今度は嘘か本当か。 アンリはニヤニヤと笑いながら俺にそう言った。 「何か話せよ。」 突然、アンリはそんな風に言って、その場に座り込む。 俺がすぐに反応を返せないでいると。 「オレ、おまえとちゃんと話してみたかったんだ、多分。  だから、せっかくこうやって今は別々になってんだからさ。ホラ、おまえも座れって。」 そう俺を促してきて。 「…話すっていっても……何、話すんだよ。」 俺は呟きながらも促されるままにアンリの正面に座った。 アンリは嬉しそうに、愉しそうに笑う。 こんな姿を見ていたら……。 「お前、本当に、消えて……良かったのか?」 つい、訊いてしまう。 俺は、あの世界を壊したところで、別れの痛みはあっても自分自身が無くなるわけじゃなかった。 でもこいつは、アンリは違う。バゼットも言っていたじゃないか。 あの4日間はこいつの望みでもあったって。それにこいつは、無に戻ってしまうのに。 俺が答えを待っていると。 アンリは心底やる気なさそうに頭をがり、と掻いて。 「なー、そういうつまんない話は止めようよ〜。もっと色気のある話とかできねーの?」 そんなことを、言ってきた。 「つまらなくないだろ!俺は」 「ハイハイ、解ってますよ、おまえのことは、よぉく解ってます嫌ってほど解ってます。  ホントわかんないヤツだよなおまえって。自分ほったらかしで他人のことばーっかり。  今だから白状するけど、まじキツかった。」 「む。…悪かったな。でも俺を選んだのはお前じゃないか。」 「そりゃ一番都合が良かったし。  …なんで自分の為に生きないのアンタって。一回ちゃんと訊きたかったんで、今訊いちまうけど。  あーでも歪んでたらわかんないか、そういうのも。正気じゃねぇよなー実際。」 「…俺が答える前に勝手に完結してるじゃないか。」 「ちゃんと答えられんの?」 「…む。」 「…ま、だから気になってこんな事になったんだろーなー。オレもなんだかなぁ。」 「何が?」 「いや、コッチの話。」 「…アンリ。」 「ん?」 「さっきの質問に答えろよな。」 「…だから、飽きたんだってば。」 「嘘だろ。」 「じゃ、嘘でもいいよ。」 「アンリ!」 「…ホントこういうところ、しつこいよな、おまえ!」 「!?」 がばりと、抱きつかれた。 …と思ったら、あまり実感は無い。 触れている感覚はあるけれど、アンリは多分、もっと強く抱きついている気がする。 ここが夢の中だから、だろうか。 「…触れないってわけじゃないから、ま、いいか。」 アンリにとっても、俺の感覚と同じなのか。 そんな呟きが俺の耳元で聞こえてきた。 吐息が擽る感覚もある。ただ、弱いだけ。 「何をどう言ったところで、終わらせちまってるんだから、もう意味なんてないだろ。  …だから、おまえが気にすることなんて、何もねぇよ。正義の味方。」 アンリは俺の耳元で囁くように言って、喉の奥で笑った。 正直、どきりとした。 見透かされている、と思って。 これはきっと同情と似たもので、偽善。 こいつは、そういうものが何よりも嫌いな筈で。 なのに……。 どんな人間よりも優しい悪魔。 もうこれ以上は何も言えなくなって、俺は押し黙った。 「今度はだんまりデスカ。ちぇ。何か話してくれたっていいじゃん。」 拗ねたような声音のアンリ。 俺に身体を擦り寄せてくる。 俺の右手首にアンリは自分の左手を重ねてきて、握る。 「痛い?」 少し身体を離して俺の顔を覗き込んで訊いてくるアンリ。 「痛くは無いけど。」 俺はそう口にする。 触れているのは解るけど、痛みは全然無い。 わざわざ訊いてくるということは、アンリは力を込めて握り締めているんだろうか。 「結構キツく握ってんだけどな。ホラ、痕ついた。」 言われて解放された右手首を見ると、爪痕とうっすら肌が赤くなっているのが見て取れた。 「…ここで殺してもつまんなさそうだな〜。」 「物騒なこと言うな。」 アンリの発言を間髪入れずに俺は咎める。 アンリはちょっとぐらいいーじゃんなどとぶつぶつ呟いている。 そして、ふと何かに気付いたように顔を上げた。 俺を見て。 「そろそろ、時間みたいだな。」 そう言ってきた。 夢の、終わり。 「…また、会えるか?」 俺はそんなことを口にしていた。 「え、何、もしかしてオレに惚れた?」 「馬鹿。そんなわけあるか。」 「そこは嘘でも惚れたって言えよなー。」 妙に嬉しそうな顔で言ってきたアンリに、少し怯みながらも否定しておく。 冗談でも惚れたなんて言ってしまったら、何かとんでもないことになりそうで。 「次があるかどうかは微妙だな。何せオレは欠片だし。これで跡形も無く消えちまうかもな。  だからさ、お互い最後ってことにしておかない?」 アンリは一方的に俺にそう告げると、ついと身を寄せてきて。 顔が間近に迫り、お互いの呼気が触れて。 軽く重ねるだけの口づけを、俺に残した。 暫く呆然とし、気付いて半歩後ろによろめいた俺から、あっさりとアンリは離れて。 「じゃーな。バイバイ士郎。」 手を振って、そう言った瞬間。 テレビの電源が落ちるみたいに、バチンと、辺り一面何も見えない暗闇に切り替わって――― ―――覚醒した。 目を開けば見知った自室の天井。 ちゃんとまだ、覚えている、先程の夢。 夢……なんだろうか、やっぱり。 でも、それにしては、何か違和感がある。 違和感…実感。 無意識に唇に手をやった。 なぞる。触れた、重なった感触が残っている。 目が覚めてから、強く実感が残るなんていったいどういうことなのか。 右手首に小さな痛みを感じて目をやれば。 そこにはくっきりと手首を掴まれた痕が残っていた。 爪痕も。 これであの夢がなければ、ただの心霊現象だと、俺は少し可笑しくなって小さく笑った。 こんな風に痕が残っているなら、あれはただの夢ではなく現実だ。 それならまた、会えるかもしれない。 会いたいのだろうか。まだ、わからない。 ただ、この心霊現象のような手首の痣も。 重ねられた唇の感触さえも。 ありのまま受け入れている自分がいる。 だから、また次があってほしいと、素直にそう思えた。 手首の痕、爪痕をそっとなぞる。 残された痛みと、何か。 これが、俺とアンリとの、新しい関係の始まりだった。 4999リク。(5000申請が無かったので) アンリ士郎か言士、とのことでしたので、アンリ士郎を書かせていただきました…! アンリ初書きです。アンリになっていれば良いのですが…。 あとカプになってますでしょう、か? アンリ士郎は書いてみたいな、と思ってましたので、書けて良かったです。 少しでも気に入ってくだされば、嬉しいです。 風牙様にかぎり、フリーです。 4999リク、ありがとうございました!!