俺とアーチャーは、俺達にとっての最善の方法――命のやり取りの果てに確かに互いを理解した。 だからなのか、俺は最後に座へ還ろうとするアーチャーを自分でもよく解らないままに引き留めて、 そして、アーチャーはそれに応えた。 結果として主従の形をとることになったが、そこに不満は無い筈だ、俺もアーチャーも。 だが、自分の中に染み付いたアーチャーに対する反発心というものがすぐに消えることは無く。 アーチャーにしてみても、たとえ『答えは得た』のだとしても、 『衛宮士郎』への殺意を無くすということは、絶対に出来ないのだろう。 時折、二人きりになると押し殺した淡い殺意をアーチャーから感じることがあるからだ。 俺の反発に対してアーチャーは皮肉で返す。 アーチャーの殺意に対して俺はただ受け流す。 そんな日々が一ヶ月ほど続いた。 朝晩はまだ冷えるが、日中はだいぶ暖かくなってきたある日。 俺は、夢をみた。 まるで映画でも見ているような、そんな他人事の風景。 それはある男が親友らしき人物に裏切られる場面。 その親友は酷く怯えていた。 何故そんなに怯えていたのか、俺にはよく分からない。 それよりも。 俺は裏切られた筈の男の表情に、酷く胸が痛んだ。 その男は感情が希薄だった。 裏切った相手に対して、怒りも、嘆きも、無かった。 静かだった。 そして親友に背を向けて立ち去るその時―――小さく微笑んだように、見えた。 そこで俺は目が覚めて、夢であることを知った。 ただの夢でないことも理解した。 裏切られたあの男、それは本人が憶えているかどうかは定かではないが生前のアーチャー自身だろう。 もう夢の内容はあやふやになってきているが、最後に見たあの表情だけは妙に心に残っていた。 この夢を境に、俺はアーチャーのことを良く観察するようになった。 それと共に喧嘩腰だった自分の態度も少しだけ変わる。 初めのうちは訝しげだったアーチャーも、態度が変わったわけではないが返される言葉は穏やかになった。 一定の距離感はあれど、それは互いにとって心地良い距離感で、 俺とアーチャーの間には、言葉など交わさなくても解る何かがあった。 「ただいま。」 授業が終わり、今日はバイトも無かったのでいつもより早く帰宅した。 現在、衛宮家の家事は殆どアーチャーがこなしている。 このあたりの事も初めは揉めたものだが、今は好意として受け取っている。 俺がそうであるように、きっとアーチャーにとっても『家事』は苦痛ではないのだろう。 平日の日中は俺も学校があるので好きにさせていた。 俺のサーヴァントということをあまり意識せずに暮らして欲しいという願いがあるせいかもしれない。 「……アーチャー?」 いつもなら仏頂面ながらもアーチャーからの反応が返ってきていたのだが、 今日はそれが無いので少し不思議に思いながら居間に向かった。 そうして向かった先。 「……―――っ」 何故か息を呑んでしまった。 アーチャーが居間に仰向けに横たわっていた。 ゆっくりと上下する胸。僅かに乱れた髪。片手は腹の上に、もう片方は傍に投げ出して。 「……寝てる、のか……?」 小さく呟く。アーチャーの静かな呼吸が耳に届く。 眠る姿を見るのは初めてだった。 静かな、静かすぎる眠り。それは『死』を連想させる。 いや、アーチャーは『英霊』だ。すでに死んだ存在。ここに在るのは仮初。 そう解っていても、そう簡単に割り切ることは出来なくて。 俺はそっとアーチャーの傍に膝をついた。 投げ出された片方の腕、上を向いた掌に自分の手を近づける。ゆっくりと重ねてみた。 そこには確かな人の体温があって、俺はほっとする。 軽く手を握ってみる。 ――――その瞬間、ぐ、と力強く握り返されて、心臓が止まるかと思った。 「ここ数日随分熱心に私を見ていたが、満足したのかねマスター?」 すっかり聞きなれた低音の声に顔を向けると、そこにあったのはいつも通りのアーチャーの顔。 「……もしかして、寝てなかったの、か…?」 「仮に眠っていたとしても、ここまで接近されて目覚めないサーヴァントがいると思っているのか。」 「――っ、てめぇ、わざと……!」 「ふん、易々と罠にかかる己の浅はかさを責めるのだな、衛宮士郎。」 俺は言葉を失う。悔しいがこの男の言う通りである。 「っ、悪かったな!いいからもう離せよ!!」 そう吐き捨てて、俺はいまだ握られたままの手を外そうともがいた。 だがアーチャーに痛い程強く握られている為、外れない。 体温が混ざる。しっとりとした熱に、自分でも解らないまま顔が熱くなった。 そんな俺を愉しそうに見ていたアーチャーの表情が僅かに変わったのに気付く。 「……解ってはいたが、主従というのはやっかいなものだ。」 「……?」 「見たのだろう、私の過去を。」 「――っ!な、んで」 「隠すつもりならばもっと上手くやるのだな。」 「う……」 アーチャーに指摘されて、俺は黙るしかなかった。 見たくて見たわけではないが、勝手に他人の心に土足で踏み込んでしまったようで気まずい。 そんな俺にアーチャーは、特に何の感情も交えずに言う。 「……何を見たのかは知らんが、終わったことだ。 私自身も今となってはそれ程憶えているわけでもない。 そして、私とお前は既に別のモノだ。お前が同じ道を辿ることもあるまい。 ―――だから、気にするな。」 「……アーチャー………」 実際にどう思っていようと、そう言われてしまえば俺に言えることは何も無い。 夢の中のあの男の表情がまた頭を過ぎっていったが、俺は黙って目を伏せた。 生まれた感情の意味が自分でもよく解らないまま、重なった自分とアーチャーの手を見つめる。 まだアーチャーの手は離されない。 何のつもりでこんなことをしているのか、俺には解らない。 ただ、あんなに必死にこの手を離そうとしていた気持ちが今の自分の中から綺麗に無くなってしまっていた。 アーチャーがどんな表情をしているのか、確認するのもどこか怖い気がして、 結局俺は随分長い間、繋がれた手を見ていた。 何事も無く離されたのは、それから数分後、藤ねえと桜が訪れてから。 考えてみればこれが聖杯戦争後、初めての互いの接触だった。 契約は問題無い状態での弓士主従で。 なんか先が長そうな二人ですな。あまり甘じょっぱくならず撃沈。 なんとなくアーチャーの方は、アインツベルンでのアレで一度はきっちり決着がついているせいで 主従EDとなると、その時点で士郎よりも好感度が上な気がしますです。 リクエストありがとうございました!