「どうした、士郎。何か気になることでもあるのか?」 すぐ隣に立つ男からかけられた声が俺を現実に引き戻す。 この男――ランサーとの奇妙な関係の始まりを思い返しているうちに、 いつの間にか自分の内にすっかり埋没していたらしい。 「―――いや、なんでもない。それよりクー・フーリン、故郷の感想は?」 俺は気を取り直して隣のランサーに、あえて真名でそう問いかけた。 ランサーは空を仰いで目を細めて、 「確かに、空気は懐かしい感じもするが、それだけだな。」 あっさりと応えた。あまりにも予想していた通りの反応に俺はそうかと小さく笑った。 ロンドンから飛行機で約一時間。 今俺達がいるのは『北アイルランド』。 過去、アルスターと呼ばれた、ランサーの故郷の地だ。 遠坂からロンドン行きを誘われた時、俺は一つの決断を下した。 聖杯戦争が終了した後も、俺に付き合ってくれていたセイバーとの別れ。 セイバーには先に進んでもらいたくて、これ以上俺の人生につき合わせるのも悪い気がして。 セイバーも解ってくれた。多分俺以上にそのことを考えていたのだと思う。 俺達は笑顔で別れることができた。 その後、予想外の展開になった。 教会のカレンのサーヴァントとして現界していたランサーが、いつもの調子であっさりと俺に言った。 『坊主は見てて飽きねぇからな、おまえのサーヴァントになってやるよ。』 初めは悪い冗談だと思っていたのだが、それが本気なのだと解ると俺は迷った。 ランサーには色々とちょっかいをかけられてきていた。 ある種の好意を感じることもあったし、俺自身も戸惑いながらもランサーに対して好意を抱いていた。 だが、これから日本を離れてロンドンに行く。 そこでこんな強力な英霊をサーヴァントにした状態でうまくやっていけるのだろうか。 感情だけでそう易々と決められる問題ではなかった。 カレンやバゼットのことだってある。 そんな風にぐるぐると迷って、俺はついに遠坂に相談を持ちかけた。 遠坂は、 『いいじゃない、わざわざあなたの使い魔になってくれるっていうんだから。 ランサーならセイバーよりも負担は多少は少ないだろうし、燃費もよさそうだし。』 俺の悩みを吹き飛ばす勢いでGOサインを出したのだった。 『弟子である衛宮くんの使い魔ってことは、わたしの使い魔でもあるし。』 とんでもない小さな呟きも、しっかりと俺の耳に届いたのだが。 ランサー自身の意思の力というものも強いせいで、色々もめた結果、 俺はカレンから令呪を譲渡されることになったのだった。 そうしてはじめて主従の形として繋がった俺とランサー。 特に変わるものは無いと思っていた俺の耳にランサーの声が届く。 『契約は完了だ。これからよろしくな、士郎。』 『士郎』と、名前を呼ばれる。 今までのようなからかい混じりのものではない響きで。 そのことに驚くと同時に、すとんと納得もできてしまった。 この男にとってのある種特別な存在、それはマスターであったり敵であったり、 そんな自分がはっきりと認めた存在に対して、ランサーは相手を名前で呼ぶのだと。 慣れない、気恥ずかしさを感じながらも、俺はそれを受け止めた。 よろしくと同じ様に返して差し出した手は固く握り返された。 遠坂と、俺と、契約を結んだランサー。 三人でロンドンの地を踏む。 それから数年、色々なことがあったがなんとか乗り越えて。 俺には、ロンドンで生活を始めてからずっと思っていたことがあった。 ランサーは何も言わない、特に望んでもいないだろう。 だからこれは俺が勝手に思って、決めたことだ。 いつかアイルランドの地をランサーと共に、と。 折角ここまできたので、『北アイルランド』の観光名所でもある ジャイアンツ・コーズウェイをランサーと二人で歩く。 ちらほらと観光客らしき人の姿もあったが、わりと静かだった。 ランサーは実体化して普通に現代の服を身に纏っているので誰も英霊だとは思わないだろう。 それも伝説のあの『クー・フーリン』だとは。 俺自身も時折まだ不思議に感じるぐらいなのだから。 「そういやぁ、随分背が伸びたもんだな、おまえ。」 ふいにランサーがそんなことを言ってくる。 確かに今は顔をそれ程上向けずとも視線が交わる。 普段ランサーは霊体化していることが殆どなので、こんな時に俺自身もやっと実感できた。 だが俺の身長が伸びても体格だってそれなりに立派になっても、 ランサーの俺に対する態度は少しも変わらない。 変わったのは俺の名前を呼ぶ、ただそのひとつだけ。 過去に遡って、聖杯戦争の始まり、俺を殺したその時からランサーは何も変わっていなかった。 俺自身はこんなに変わったというのに。 敵として恐れ、警戒し、人懐っこいその態度に、向けられる好意に戸惑い、 ついには契約を受け入れ、魔力供給の為に体を繋ぐことさえ受け入れられるぐらいの好意を抱いた。 「アンタは本当に、変わらないよなぁ。」 様々な思いを込めて呟いた俺に、ランサーは『今更変わるモンがあるかよ』と明るく笑い飛ばす。 そうして何気ない仕草で顔を寄せて、俺の唇を塞いだ。 多少驚きはあるものの、騒ぎはしない。こんな不意打ちも流石に慣れた。 「さ、行こうぜ士郎。『観光』ってのも悪くはねぇが、ガラじゃないだろ。」 故郷で過去に想いを馳せる、そんな感傷は元々ランサーには無いのだろう。 たとえ既に死んだ存在だとしても、常に今を生きるランサーの姿はいつだって眩しくて。 俺がここに一緒に来てみたかったのは、そんなランサーの姿を見たかったからだろう、きっと。 だから目的を果たした以上、ランサーの言葉に異議は無い。 「そうだな、行こうかランサー。」 応えて歩き出した俺の隣にランサーが並ぶ。 他人から見れば俺とランサーはどんな関係に見えるのだろう。 実際は主従、マスターとサーヴァントで。 男同士であるために恋人同士と定義するのもどうなのか、 かといって単なる友人同士とも言えず。 家族、兄弟、どれも違うようで、どれも当てはまるような。 確かなのは認め合い、名前を呼び合える関係だということ。 ランサーが契約の破棄を望まない限り、ずっとこの男のマスターでありたいと願っている。 アルスターの空の下、時代と場所を越えて出会えた運命に感謝しながら、 俺はランサーと共に歩いていった。 成長した士郎とランサーということで、思えばこの二人が主従というのは初めて書いた気が。 UBWグッドEDっぽい流れだけどあくまでセイバーは士郎と契約なのでホロウっぽいというか、 そんなパラレルワールド全開設定で。ロンドン行きを考えると、ランサーの故郷の地が 目と鼻の先だなーと思ってちょろっと調べたりして。 まぁその辺はさらっと流してください実はよく解らない。 リクエストありがとうございました!