月の光と共に俺の中に強く刻みつけられた記憶がある。 セイバーの召喚はその中でも大きなものだが、もう一つ忘れられないモノ。 心臓を刺された痛み、赤槍、俺を覗き込んできた獰猛な赤い瞳、死を囁きかけてきた声。 一日に二度、同じ人物に殺されかけたこと。 そんな記憶が、月の光が強い夜には鮮明に蘇る。 部屋の中まで射し込む月の光の中、俺はぼんやりとその槍兵との出会いを振り返っていた。 あの瞬間俺は、確かに恐怖を感じ、同時に理不尽な死に対する怒りも感じていた。 槍兵に対する俺の感情は間違ってもそんなに良いものでは無かった。 それが、何故。 「おい坊主、何逃避してんだよ。」 信じられない近さで耳に届く声。身体にのしかかる重み。 男の言葉通り逃避していた俺は、観念して視線をその赤い瞳と合わせた。 途端に重ねられる唇―――いや、噛み付かれた。 「っ、痛い、ランサー…!」 長い髪を引っ掴んで抵抗してみるが、構わずランサーは俺の唇を、口内を侵していく。 つ、と胸元を這う指先の感触、それは心臓を刺されたときについた傷跡をなぞる。 ぞくりと悪寒のようなものが身体全体に走って小さく震える。 息があがってきたころに漸く、ぴちゃりと音を立てて唇を解放されて、忙しなく呼吸する俺をランサーが小さく笑う。 はあと溜息を吐けばどうしたと軽く問われて、言っても仕方の無いことだとわかっているので俺はなんでもないと口にした。 そう、言っても仕方のないこと。勿論こんな真似をしてくるランサーがそもそも悪いわけだが、 それを僅かな抵抗だけで最終的に受け入れてしまっている自分自身も大問題なのだから。 俺の態度には慣れてしまったのか、ランサーは気にせず俺の身体のあちこちを撫でたり口付けたり舐めたり噛んだりしている。 そんなランサーの頬に両手を伸ばして手のひらで包み込むようにして、視線を合わせてみた。 「どうした?」 面白そうに真っ直ぐ視線を返してくる男に、ちゅ、と唇を寄せる。 答えるように唇をぺろりと舐められた。 「……あんたに、」 「ん?」 「あんたに殺された夜のことを、思い出してた。」 「案外根にもつんだな、坊主。」 「あのな……」 思っていたことを言えば、ランサーは少し呆れた風に返してきて。 改めて根本的なところでこの男とは生きている世界が違うんだなと感じる。 「今生きてんだから別にかまわねーだろ。大体このオレが二度も仕留め損なうとはな…それも弱っちい魔術師相手によ。」 その時の感情を思い出したのか、ランサーは凄みのある笑みを見せて俺を覗き込む。 獣の目、だ。正面から受け止めて、俺も負けじと視線に力を込める。 「―――ま、過ぎたことだがな。今は生きててくれて嬉しいぜ、坊主。」 張り詰めた空気を解すように、そう言うとランサーは目元を弛めた。 ふ、と肩から力が抜けて、はぁと俺は溜息を一つ落とす。 正直ランサーとのやりとりは刺激が強すぎる。 どんなに好意的な相手であろうと、殺す必要が出来ればあっさりと槍を向ける、そんな男だ。 俺に対して今どんなに好意を見せていても、いつ、その槍がまたこの胸を貫くかわからない。 それでも、ああ、だからこそ、俺はこのランサーという男に惹かれてやまないのだと。 自分の感情を認めれば、そういうことなのだろう。 「好きだぜ、士郎。」 不意打ちのように時折呼ばれる名前に、顔が熱くなる。 そんな自分を見られたくなくて、俺はランサーに抱きついて肩に顔を埋めた。 くく、と笑う男を咎めるように首筋に噛み付き歯形を残す。 それが合図のように、ランサーは俺の身体を貪り始めた。 暗い闇に淡い月光。 きっと死んでも忘れられない、蒼い槍兵、赤い槍。 リクエストありがとうございました! 兄貴は好きだけど難しい……。