日課の土蔵での鍛練を終えて、さて寝るかと自室に戻り身体を横たえた瞬間だった。 部屋の戸が開き、よう、と気軽に声をかけながら中に入り込んできた男。 「ランサー?」 「なんだ、もう寝るとこか坊主。」 「見ての通りだ。何か用があるんなら明日…」 「いいからちっと付き合え。ちゃんと送り届けてやっから。」 「ちょ 待っ」 会話もそこそこに、拒否権などもなく。 俺の身体はランサーの肩の上に担ぎ上げられて、ふわ、と浮いた気がした。 「っ!!!!」 とんでいた。 跳んでいた。 ランサーは俺を担ぎ上げたまま、普通の人間には出せないスピードで屋根の上を駆けて行く。 下手に声を出そうとすると舌を噛みそうで、俺は目まぐるしく過ぎていく風景を なすすべも無く、見ていることしか出来なかった。 ランサーは特に話しかけてくることも無く、目的地はもう決まっているのか、ただひた走る。 普段は人の中にすっかり溶け込んでバイトなどに明け暮れているこの男も、 こういう時にはやはり人を超越した存在なのだと実感しながら、俺はこうなってはどうすることも できないしと目的地に着くのを大人しく待つことにした。 「到着っ、と裸足だったか、悪ぃな坊主。」 「…今更だろ。」 目的地に着いたらしい。どこかの山の上か、開けた場所にランサーは軽口を叩きながら俺を肩から下ろした。 あまり人が立ち入らない場所なのか、地面には草が茂っていて、足の裏にひんやりとした感触が伝わってくる。 「――で、結局何の用なんだ、ランサー。」 「なに、コイツを肴に坊主と一杯やんのも悪くねぇって思ったんだよ。」 俺の問いかけにランサーはどこに持っていたのか、手に一升瓶とグラスを2つ持ちながら、顔で上を示す。 眉を寄せながらも促されるままに俺は空を仰いで、言葉を失った。 それは見事な 星 星 星。 空に近いせいか随分とよく見えた。まさに降ってきそうな星空。 「おら、座れって。」 ランサーはどっかりと地面に腰を下ろし、一升瓶から酒をグラスに注いでいた。 ここまで来た以上付き合うべきだろうと俺は覚悟を決めて、 ランサーの向かいに腰を下ろし手渡されたグラスを受け取る。 そしてランサーが掲げたグラスに軽く自分のグラスを打ち合わせた。 俺は口を湿らせるようにちびりちびりと飲む。 ランサーは豪快に喉を鳴らし、時折天を仰ぐ。 俺も同じように見上げて、瞬く星を見つめた。 「1回坊主とも、こうやって飲んでみてぇと思ってたんだよ。ま、力はともかく同じ戦場を駆けた同士ってやつでな。」 ランサーは赤い目を細めて人懐っこい笑みを浮かべながら言う。 昔――生前から、この男はこうだったんだろう。 気に入った相手には敵も味方も無い。 俺は思いのほか、このランサーという男に好かれている。 俺自身も、自分の命が脅かされないのなら、こうして構われることも嫌じゃない。 ―――殺されかけた身では、あるのだが。 何の裏も無いんだろう。 本当に単純に、この星空を、酒を、俺と楽しむ為に、ここに俺を連れてきた。 強引過ぎるその行動、それを俺は諦めとは違った感情で受け入れている。なら後は。 「……凄い星空だな。見れて良かった。」 偽りのない自分の気持ちを伝えるだけだ。 ランサーは口元だけで笑って俺に酒を勧めてくる。 そんなに酒に強くはないので確実に潰れるだろうが、どうせ帰りも担がれて帰るのだし同じだと諦めて、 俺は注がれるままに酒を口に運んだ。 案の定、頭も身体もふわふわとしてきて、俺は仰向けに寝そべっていた。 視界一杯に星空。煌めくそれは宝石のようだ。 ならばこの世界はそんな宝石を内包する宝石箱か。 酔った頭でぐるぐる考えていると、 「宝石箱、ね。」 隣でまだ飲んでいる男の笑い混じりの相槌が耳に届く。 どうやら声に出てしまっていたらしい。馬鹿にされたように感じて、むぅと小さく唸ると、 「オレにとっちゃあ坊主がソレだな。戦士としちゃ甘ぇが、光るモン持ってっから。だから、目が離せねえんだよ。」 ぼんやりとした頭に流れてくる声。ソレ、とは何なのか。 考えていると、いつの間にかランサーが覆い被さっていた。顔が、近付いて。 「らん、さー…?」 「いいから目、閉じてな。」 言われて反射のように目を閉じれば、唇に重なる濡れた感触。 ぬるりとしたものに唇を割られ、ぴちゃりと音が響く。 「ん、ぅ」 ぐるりと口内が掻き混ぜられたあと、それは離れていった。 目を開くと、赤い光。ランサーの瞳。 天の星とは違い、それは地に輝く光だ。 「完全に酔っちまってんなぁ。」 ランサーは、く、と喉の奥で笑っている。そして頭をぽんと軽く叩かれ、 「寝ちまいな。ちゃんと送ってやっから。」 そうしてまたグラスに口をつけた。 言われたからというわけでもないが、酔いのせいだけではない睡魔も襲ってきて、 俺は重い瞼をゆっくりと下ろしていった。 頭が、重い。 「………う、ん……」 軽く寝返りをうってから、そろりと目を開く。 「あ、れ?」 見慣れた自分の部屋だ。気だるい身体を起こすと頭がぐらりとした。 「―――っ」 なんとか身体を支えて、はぁと溜息を吐くと酒の匂い。 それで完全に思い出した。昨夜の出来事を。 ランサーは言っていた通り、酔い潰れた自分をちゃんと送り届けてくれたようだ。 それだけでも情けないのだが―――、 「……俺、色々、恥ずかしいことを口走ったような……」 はっきりとは憶えていないが、素面では口に出来ないようなことをランサーに告げたような気がして。 かあっと顔が熱くなる。 ―――よし。忘れよう。 心中で呟いて、時間を確認するといつもの起床時間より少し遅い。 朝食の準備をしなければ、と立ち上がろうとして、何かが手に触れた。 「……石?」 何かが刻まれた小さな石だ。おそらくランサーが置いていったものだろう。 本人に直接意味を聞くのは何か嫌な予感がしたので、後で自分で調べようと決めて。 今日は何をつくろうか、と早々に頭を切り替えることにした。 うん、乙女チック☆ ちなみに刻まれていたのはルーン文字二つ。 GEOFUとWYNN 愛と喜びを。 なんか直接言われるより恥ずかしいよね、こういうの。 リクエストありがとうございました! 没ネタとしてはケルト模様をあしらった手づくり木彫りの宝石箱をプレゼントーみたいな。 こっちも乙女チック…。槍士は乙女チックか殺伐かの2択っぽいです。