赤い果肉に包まれた種、そこに含まれる毒は、人に、痙攣・心臓麻痺・硬直・呼吸麻痺などを呼び起こす。 自分の良く知るそのイチイの毒に、まるで自身も侵されたかのように、それはじわじわと―――― 正直、我がマスター、ダン・ブラックモアからさんざん油断はするなと忠告を受けてはいたものの。 相手のサーヴァントはともかく、マスターの方は「並」だとしか思えなかった。 猶予期間1日目、さっさと仕留めるにかぎるとアリーナに結界を張り、 案の定お気に召さなかったらしい旦那に口うるさく咎められている最中。 アリーナの入口で感じたように、こちらを覗き見る視線をしっかり感じていた。 勿論オレはそれに気付かぬフリをして、旦那の言葉に耳を傾ける。 そうしていれば、馬鹿みたいに仕掛けてくるかと多少期待していたからだ。 だが相手は意外と慎重だった。息を潜めてこちらを窺うだけだ。 旦那も気付いていないわけでは無いようだが、それよりもオレの独断にご立腹の様子。 一先ずこの場は放置、次は無いと告げられて、オレは肩をすくめておざなりな返事を返してアリーナを後にすることになった。 ただ、まぁ勿論、オレは納得したわけではない。 ほんと冗談きつい。 オレを召喚したマスターは、オレと同じ狙撃手であり、軍人としての在り方はオレと似ているようだった。 だが、この聖杯戦争とやらでは何を血迷ったのか、騎士の誇りを掲げて正々堂々と戦えとオレに命じてくる。 負けられない戦いであるのなら、誇りなんざ邪魔になるだけだというのにだ。 そもそもオレを誰だと思っていやがる。 「結果」さえ出せば、多少旦那の思惑を無視しようとも平気だろうと1回戦では所謂命令違反と言える事もやらかした。 無事、勝ち上がったんだから思った通り結果オーライってやつだ。 だから、この2回戦も、おとなしく旦那の言うことを聞くつもりはさらさら無かった。 仕掛けたのは3日目。 いい具合に油断しているだろう学園サイドで。 校庭にでも逃げてくれれば楽に仕留められたんだが、そこまで間抜けでは無かったらしい。 逃げた先はアリーナ。ま、どこに逃げようが逃がす気など無いが。 こちらを迎え撃つ為か、辺りが見渡せる場所を目指しているようだ。 実に予想通りの行動で思わず笑みが零れる。 こちらとしても狙いやすい。毒矢の照準を合わせる。 そして、今まで何度も繰り返してきたように――――相手を死に導く矢を2本、放った。 1本目がサーヴァントによって防がれ、そして2本目はマスターには防げない、それはオレの読み通り。 オレの使うイチイの毒は、ほんの僅かな傷だろうと確実に対象の命を奪う。 あっけなかったなと、最後に相手マスターの、死に際の顔を拝んでやろうと視線を投げかけて、 ――――息を、呑んだ。 『…なんだ、アイツ……!?』 今まで何人もの死に様を見てきた。 そのどれもが、醜くもがき、苦しみ、助けを請う、無様な姿だった。 だが、そいつは違った。 オレの姿が見えているわけではないだろうが、強い眼差しを中空へと向け、歯を食いしばり、 そしてアリーナの脱出口へとサーヴァントを伴って震える自らの足で進む。 その姿に目を離せなくなる。 オレが使うイチイの毒は、自然界にあるものよりも致死性を高めたものだ。 出口までは距離がある。動くことで毒の回りは速くなる。 呼吸も相当苦しいはずだ。 『さっさとくたばっちまえよ……!』 倒れてしまえば楽になれるものを、生への執着か、それ以外の何かか。 確固たる意志でそいつは進み、そして――――出口へと、辿り着いた。 『……信じらんねぇ………』 アリーナに一人残されたオレは心中そう呟く。 そして妙な話だが、初めてそこで対戦相手に純粋な興味を抱いた。 今までは、1回戦の相手もそうだが、ただ倒すべき障害という意識しかなかった。 「……はぁ、しくじっちまったなぁ……これ、ペナルティ付いちまうのか……」 今度は声に出して呟き、溜息を吐いた。旦那、怒るだろうなーとさして危機感も抱かず思う。 目を閉じれば、先ほどのマスターの眼差しを思い出して、知らず知らずに口端を上げた。 最終的に殺すべき相手に、こんな感情を抱いたところで無駄なことをわかっているにも関わらずに。 結局、オレの独断が招いた結果は散々なものだった。 オレの独断により旦那にはペナルティがかかり、 その上でオレは令呪によって宝具使用の制限を受けた。 極めつけは、相手マスター存命。 だが、そうまでして正々堂々と戦う事を望んでいるのだと思い知らされて、オレはもう何も言い返せなかった。 呆れは勿論あったと思う。だがそれだけではなく、オレの中にひっかかる何かが確かに存在していた。 5日目。 アリーナ内で今度は正面からぶつかることになった。 もっぱら会話をかわすのは、オレと相手サーヴァント。 旦那も時折オレを諌めるように口を出したが、相手マスターは静かだった。 時折自分のサーヴァントに対して頷いたり、視線を合わせて何かを確認したり。 恨み言の一つでも聞けるかと思っていたので、正直拍子抜けだった。 『敵意もあんま、感じねーんだよな』 誰に対してもそうなのか。 それでもいざ戦いが始まれば、思っていたよりも強い眼差しで――そう、あの死の際に見せたような――それはオレを射抜く。 ああ、こんな風に真っ向から戦うハメになるんだったら、余計な真似して旦那にペナルティ負わせるんじゃなかったと、 今になってどうしようもないことをオレは内心思っていた。 そうして、こういった『戦い』は割に合わないと感じながらも、今まで得たことが無かったソレに、 この時点ではまだ、オレは気付かないフリをすることにした。 訪れた決戦日。 決戦場へ着くまでの間、これが最後なのだとオレは退屈を紛らわせるという意味ででも、対戦相手と会話をかわすことにした。 返答があるかどうかは分からなかったが、ためしにと相手マスターへといくつか言葉を投げかけてみると、 今までの無口な印象とは違い、意外にもきっちりと答えてきた。 「闇打ち、不意打ち、だまし打ちは嫌いかい?ってか、そもそも汚い殺し合いはダメ?卑怯な手口は認められないかい?」 そう問いかければ、否定はできない、と意外な返答。 その後のやりとりで、相手マスターの口から「せっかくなら楽しくいきたい」などという言葉が出た時には、 旦那は眉をよせていたが、オレとしては好感がぐっとあがったものだ。 この相手と関わったのはほんの7日間だが、これで終わりなのは惜しいと感じつつも、 勿論オレは、旦那の勝利を、オレの勝利を疑ってなどいなかった。 『………くそっ、もう、終わりか……』 オレたちは負けた。 それが旦那の言うとおり、意志の質が原因だったのか、そんなことはどうでもよかった。 ただ、情けなかった。 ペナルティさえ受けていなければ勝てたのかもしれない、そう思えば、明らかに旦那が負けたのは自分の責だ。 だが、旦那は…マスターは、そのことには触れなかった。 負けた事実を受け入れていた。 そして対戦相手であるマスターを、認めていた。 なら、オレに言えることなどもう何も無い。 だいたい謝罪すら、旦那は受けてはくれなかった。逆に頭を下げられて、オレにどうしろってんだ、まったく。 そうしてオレは、文句を言いながらも、旦那がくれた『騎士の誇り』、そして『戦い』。 それらは十分にオレを、満たしてくれたのだと理解して。 多分、見抜かれているかもしれないが、絶対に言葉にはしないが、オレは旦那のサーヴァントで良かったと心底思った。 そして『戦い』には相手がいる、その相手として立ちふさがった、並のマスターにも。 ああ、アンタが敵で良かった。 アンタがオレのマスターだったなら、なんてこたぁ言いはしねぇよ。 アンタにとってのサーヴァントがそいつしかいねぇように、 オレのマスターも、旦那以外考えられねぇからな。 だからもし、また次に見えるとしても、オレはアンタの敵がいい。 旦那に背を向け顔を伏せ、最期の言葉を小さく呟き、そうして自分の存在が消失する直前に一度だけ、対戦相手を見た。 自分が相手を殺したという結果を受け入れるかのように、真っ直ぐな視線が、そこにあった。 それにどこか満足を覚えて――――全ての感覚が閉ざされた。 侵されたそれが、毒だったのか、他の何かだったのか。 それはきっと、何ものにも、答えなどわからない。 リクエストありがとうございました! …すみません。ダンと緑茶の絆ありきで、あと主人公はゲームの地の文が男女差が無いに等しいので、 どちらにもとれる仕様になっておりますごめんなさい自分の趣味です。 でもまぁ、緑茶の気持ちの在り方的にはしっかり女主仕様になっているかと思いますが。 あとサーヴァントは固定しませんでした。自分の脳内は弓仕様になっているのですが…(キャス狐未プレイだし) なんというか、台詞チェックの為にゲームあらためてやってると、緑茶が旦那大好きすぎて、主人公と絡めにくいヨ!!! ダンと緑茶大好きだよ!!!!!……と叫んだところで〆。