台所に立つ黒いシャツの背中――アーチャーを俺は居間でお茶を飲みながらぼんやり見ていた。 何をしているのかというと、奴は今、ケーキをつくっている。 ―――藤ねえのリクエストで。 『アーチャーさんのつくったデザートが食べたいなー♪』 そんな風に頼まれた、らしい。 その場に俺はいなかったので詳細は分からない。 アーチャーはそれを引き受けて、こうして台所に立っている、というわけだ。 俺はそんなアーチャーを何をするでもなく観察していた。 手伝おうかと声をかけてはみたが断られたからだ。 理由はいたってシンプル、藤ねえが”アーチャーのつくったデザート”をご所望だから、とのこと。 それもそうかと納得して、かといって特にすることもなく、こうしてアーチャーの作業を眺めている。 聖杯戦争の終わりに満足して消えようとしたアーチャーをなんとか引き留めた後。 家族同然である藤ねえと桜にどう説明するかでひとしきりもめた。 結局、セイバーの時にも使ったような気がするが、切嗣の知り合いだ、ということにして暫く同居する事を告げた。 アーチャーが【男】であったのが幸いだったのかそれはすんなりと受け入れられた。 その時の藤ねえの反応は今でも憶えている。 『うーん、なんかアーチャーさんって、切嗣さんに雰囲気が似てるわね……あ!あとちょっと士郎とも似てる気が……』 藤ねえの嗅覚は侮れない。流石藤ねえだ。 アーチャーは涼しい顔で切嗣はともかく、俺との関連性はハッキリ否定していたが、内心は焦っていた、と思う。 とん、とん、と規則的な音が台所から聞こえてくる。 林檎をスライスしているようだ。 林檎は藤ねえが大量に運んできたらしい。 材料指定で、という所もまた藤ねえだなぁと思う。 冷蔵庫から休ませていたらしいタルトの型をとりだして、そこにアーモンドクリームを入れ、 その上にスライスした林檎を少しずつずらしながら並べていく。 そうして並べ終えると上にグラニュー糖をふり、小さく切られたバターを乗せて、用意していたオーブンに入れた。 ひとまず作業は終了ということだろう、アーチャーは手を洗って着けていたエプロンで拭くと居間へと戻ってきた。 「林檎のタルト、だよな?」 「見ての通りだ。芸は無いがな。」 俺の問いかけにあっさりとアーチャーは答えて腰を下ろす。 丁度いい機会だ、そう思って俺は前々から気になっていたことを聞くことにした。 「アーチャー、もしかして藤ねえのこと苦手なのか。」 そう投げた言葉にアーチャーは一瞬押し黙った。そして溜息を一つ。 「何故、そう思う。」 「藤ねえの前ではなんか、緊張してるように見えるから。」 「…………そう、か。」 俺の言葉をアーチャーは否定しなかった。その上でぽつりと言う。 「彼女は……そうだな、太陽のようなものなのかもしれん。」 「太陽……?」 藤ねえが太陽。そう言ったアーチャーの言葉の真意をなんとなく理解する。 確かに藤ねえの存在は太陽のようなものなのかもしれない。明るくて、眩しい。 切嗣が亡くなった後、藤ねえがいなければ俺はどんな風になっていただろう。 あの頃確かに、俺は藤ねえに助けられた、そう思う。 生きるモノにとって太陽は不可欠であるように。 今の俺を形作るのに藤ねえの存在は確かに必要だった。 それはアーチャーにとっても同じはずだ。 ただ、そんな藤ねえを苦手だと言うアーチャー。それは―――― 「今の私には、彼女は眩しすぎて直視することなどできん。……オレは、彼女に背を向けた人間だから、な。」 アーチャーは目を伏せてはっきりとそう言った。 どう背を向けたのか、それは聞くべきではないと思った。 そして俺にわざわざ告げたのは、『お前は私のようにはなるな』という忠告を含んでいるのだろう。 暫く無言の時が流れて、それを断ち切るようにアーチャーは少し困ったように眉間に皺を寄せて呟く。 「まあ、それだけではないがな。」 「な、何が」 「彼女を苦手とする理由だ。問い詰めてくる、ということは無いが彼女は色々と目聡い。 事あるごとに『切嗣さんと似ている』『士郎と似ている』などと言われればな……正直、気が休まらない。」 「は、はは……そういえば、俺にも時々言ってるなぁ、そんなこと……」 どうやらアーチャーは本気で参っている様子だ。 相手が藤ねえなだけに強く出ることも出来ないのだろう。 というか、俺がそうであるように、アーチャーも苦手といいつつも藤ねえには甘い、ということなのかもしれない。 「もしかして、出来るだけ藤ねえとは二人きりで会わないようにしてたりするのか?」 「……そうしているつもりだが………彼女が相手だからな……」 俺の問いかけにアーチャーは口を濁す。うん、まあ、確かに、藤ねえ相手だからなぁ…。 アーチャーがここまで困った風な姿を見せるのは珍しい。 藤ねえ、恐るべし。 そんな不毛とも言える会話を交わしているうちに、それなりに時間がたっていたようだ。 タルトの焼き上がりを告げる電子音が響き、アーチャーは気を取り直したように立ち上がると台所へ歩いていった。 オーブンから焼きあがったタルトを出して、ツヤ出しの為のジャムを手早く用意して仕上げる。 林檎の甘酸っぱい香りが漂ってきた。 ――――と、まるで見ていたようなタイミングで廊下から足音が響いてきた。 思わず俺はアーチャーを見る。アーチャーも俺に視線を合わせてきて―――同時に苦笑した。 「出来上がったら持っていくと言っていたのだがな。」 「待っていられなくなったんだろ。」 ばたばたという足音は居間の前の廊下で止まって、すぱーんと音を立てて戸が開く。 「玄関まで美味しそうな匂いが漂ってきてたよー!アーチャーさんありがとうー!!―――あれ?士郎もいたんだ。」 いつも通りに響き渡る藤ねえの声。 自然と俺も、アーチャーにも笑みが浮かぶ。 藤ねえは確かに、『衛宮士郎』にとっての太陽だった。 リクエストありがとうございました! 『衛宮士郎』の太陽=藤ねえ、そんな風に考えてみました。 アーチャーは色々複雑なんだろうなーと思います。それでもやっぱり大事なんだろうな、とも。 士郎にとっては言わずもがな。