『―――ma cherie〜♪』 TVのCM、そんなフレーズが耳に届いた。 ma cherie。 確かフランス語で、『私の愛しい女』という意味だったか。 わりと馴染みのある響きだと思うのは、相手を口説く時に紡がれる言葉だから、というせいかもしれない。 そんなことを何気なく考えながら、アーチャーはグラスに満たされた酒を飲む。 いつもと変わらない衛宮家の居間。 士郎が何を思ったのか突然、一緒に酒を飲もうなどとアーチャーを誘ってきた。 深い意味はないのだろう、そう判断してアーチャーはそれを受けて、 二人、特に会話もなく、黙々と飲み続けて1時間はたったか。 士郎はそれほど酒に強くは無い。そろそろ潰れる頃合だろう。 アーチャーは向かいで飲んでいる筈の士郎の様子を窺おうとして、 「アーチャー。」 隣から聞こえてきた声に、僅かに目を見開いた。 士郎はいつの間にか、アーチャーの隣へと移動してきていた。 表情は普段と変わらないように見えるが、少し瞳が熱に潤んでいる。 間違いなく、酔っている。 アーチャーは表情を変えず士郎を見据える。 士郎はもう一度、アーチャー、と呼びかけて、グラスを持つアーチャーの手に、自分の手を重ねてきた。 そして―――。 「アーチャー、俺の、いとしいひと。」 それはまさに、酔った人間の戯言、だった。 きっかけはおそらく先ほどのCMだろう。 アーチャーがその意味を何気なく考えたように、士郎も酔った頭で言葉の意味を考えたのか。 はぁ、とアーチャーはこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。 そんなアーチャーの様子に士郎は眉を寄せて睨みつけてくる。 酔った人間とまともに相手をすることほど、労力をつかうものはない。 アーチャーはなるべく刺激しないように、士郎と視線を合わせて告げた。 「どちらかといえばそういった言葉は、私が貴様に告げる方が様になるのではないかね。」 「なんだよそれ。俺だって男なんだから、別におかしくないだろ? 酔ってるからこんなこと言ってるんじゃないぞ。普段は言わないだけで、いつだって俺はそう思ってる。」 アーチャーの言葉に対し、士郎はそう告げてきた。 士郎は確かに男だ。アーチャーも別に士郎を女扱いするつもりは全然ない。それでも、 「……ならばせめて、そういった台詞は私よりも成長してから言うのだな。」 自分より背も低ければ体格も同等でない士郎に対してアーチャーはそう切り捨てる。 普段の士郎ならば、それで多少は引いた筈だ。 だが、今の士郎は確実に『酔った人間』だった。 「じゃあ、俺がもし、言峰ぐらいでかくなったらその時はお前のこと「だが断る」」 士郎の言葉を最後まで聞かず、遮るようにアーチャーは拒否の言葉を被せる。 とてつもなく、嫌な、予感がした為だ。 「……最後まで言ってないだろ。」 士郎は不服そうに唸る。 「……分かりたくもないが、貴様が言わんとしている事は分かった。 今の関係に納得していないと言うのならば、私としては解消しても構わんぞ。ただ、座に還るだけだからな。」 アーチャーはなんでもないようにそう言って、グラスに残っていた酒を一気に飲み干す。 自分達の関係は互いにそう望むことで成り立っている。 どちらかが不満を抱くのならば、そもそもが無茶な契約だ、続ける意味は無い。 ―――と、ここにきて、アーチャーは自分も思ったより酔っているのだと自覚した。 酔った人間相手にここまでむきになることは、平常であればありえない。 自分の心を落ち着かせる為に、アーチャーはゆっくりと息を吐き出した。 その時、今まで反応が無かった士郎が動く気配を感じる。 背中に圧し掛かる重み、首に回される腕。 士郎が背後から抱きついてきた。 「……ごめん。なんか、話が変なところに飛んだ。お前に抱かれることは、ちゃんと納得してる。 俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて……男とか、女とかじゃなくてさ、 アーチャー、俺はお前のこと、本当に好きなんだ、って。 酔った勢いでもなければこんなこと普段は口に出せないから、でも、はっきり言いたかったんだ。」 耳元で囁く士郎の言葉に、アーチャーは目を閉じて小さく、苦く笑う。 「たわけ。」 「うん。」 「私も含めて、だな。」 「?」 「私も酔っているようだ。酔った人間の戯言だが、そうだな、確かに今なら言えるか。 私もお前が好きだよ、衛宮士郎。こんな、意味の無い時間を共に過ごすことも、悪くないと思えるぐらいにな。」 「アーチャー…」 肩越しに、間近でアーチャーも士郎に対して同じように返した。 嬉しそうに士郎の目が細められる。 そうして引き寄せられるように、軽く唇を合わせた。 リクエストありがとうございました! 酔っぱらい二人でした。