珍しく、本当に珍しく今日は1日何の予定も無い休日だった。 重ねていつもこの家を賑わせている女性陣も皆それぞれの理由で今日は不在だ。 藤ねえも、桜も、遠坂も、セイバーも。 つまり、今日1日、アーチャーと2人きりだということ。 丸1日2人きりというのは初めてかもしれない。 あの聖杯戦争から、ほぼ半年経っている。 初めのうちはアーチャーと衝突することも多かったが、最近はお互いの距離感みたいなものが わかってきたせいもあって、平和と呼べる日常を過ごしていた。 だからまあ、2人きりだからといって、何かが変わるわけでもない――――筈だ。 いつも通りの時間に起床する。 今日の朝食の担当はアーチャー。服を着替えて顔を洗ってから居間に向かう。 台所には既にアーチャーの姿。 目が合ったのでおはようと朝の挨拶をすると、アーチャーからも同じ様に返ってくる挨拶の言葉。 直ぐに朝食の用意は整い、お互い定位置について、いただきますと手を合わせて食事を開始。 ―――む、相変わらずうまい。悔しいが。 口に運ぶたびについつい唸りながら、アーチャーの作った朝食を口に運ぶ。 ふと視線を感じ向かいに座る男に目を向けると、アーチャーは嫌な笑みをうっすらと浮かべていた。 「……なんだよ。」 「いや、口に合わないのかと思ってな。」 「…っ!」 十中八九俺の心理を読んでおきながらそんな風に言ったアーチャーを睨みつけると、今度はアーチャーは小さく声に出して笑った。 何か言葉にすると墓穴を掘りそうな気がして、俺はアーチャーは無視して朝食を片付けることにした。 こんなやりとりも、もうすっかりいつもの風景だ。 朝食後、食器の片付けはアーチャーに任せて俺は洗濯。 男2人の洗濯の量などしれている。今日は天気もいいし布団も干せるだけ干そう。 そう決めて、まず普段使っている布団のシーツを剥がし、余っている布団もひっぱりだして同じ様にシーツを剥がす。 「なんだ、お前もそのつもりだったのか。」 ふいに声をかけられる。シーツを両手一杯に抱えているせいで顔は見えないがアーチャーだ。 「あ、アーチャー、布団干しててくれないか?」 「わかった。」 俺の言葉にあっさり頷いてアーチャーは手近な部屋に入ったようだ。 どうやらアーチャーも布団を干すつもりだったらしい。妙な所で考えていることが被ることはよくある。 そんな時やはり元同一人物なのだと実感し、なんともいえない気持ちになるが、あまり気にしないことにしている。 些細な事なのだ。今や魔力供給の為とはいえ、夜を共にしている以上。 『抵抗がなくなってきてるのは、拙い気がするけどさ……』 心中で呟く。そう、行為そのものに対する抵抗がなくなってきている。思えば初めからだった。 『………ほんと、拙いよなぁ』 こんな風にアーチャーと2人で日常を過ごすことも。 昔から幸福を感じることを罪悪と思っていたけれど。最近はこんな何気ない毎日に幸福を感じはじめていて。 そんな自分に罪悪感もあるが、昔のそれよりも薄れてきている気がする。 軽く頭を振って沈みそうになる思考を止めて、何時の間にか立ち止まっていた足を動かして、洗濯を再開することにした。 洗濯中は、俺も布団を干す作業を手伝う。それなりの量があるのでなかなか大変だ。 洗濯自体も何度かに分けて、洗い終わったものを次々干していく。 特にアーチャーとは会話もなく、だからといって気まずいこともなく。 全て終えた時にはそれなりに疲れていたし、時間も経っていた。 2人、居間で冷えた茶を飲む。 季節柄、暑い。 「アーチャー、今日用事ってあるのか?」 「いや。お前はどうなのだ?」 「俺も特に無い。」 「そうか。」 会話はそこで途切れる。なんとなく聞いてみただけで、ああ、アーチャーも今日は暇なんだな、と思っただけだ。 アーチャーの方も付き合いとして聞き返しただけだろう。なんということはない表情でグラスに口を付けている。 『……人間っぽくなったよな…』 アーチャーを眺めながら思う。 自分が強要したせいでもあるが、食事もするし、睡眠もとる。よっぽどのことがないかぎり霊体化するなとも言った。 アーチャーは、俺との契約を認めた時点でそれらを受け入れた。 そのかわりに魔力供給の手段を選ぶ余裕はなくなったわけだが。 アーチャー自身も、男を、俺を抱くということにあまり抵抗はなさそうだったのが不思議だった。 「……先ほどから随分と熱心な視線を感じるのだが。何か言いたいことでもあるのかね。」 「え?あ、悪い。」 少し呆れたようなアーチャーの声に我に返ってふいと視線を外した。 そうすることで、かなり凝視していたことに気付き居たたまれなくなる。 契約で繋がっている以上、多少の感情は伝わっているような気もして、頬が熱くなる。 『……駄目だ。拙い。』 今、幸せなのが、怖い。拙い。こんな感情は拙い。絶対拙いのに。 「……別に、構わんだろう。よりにもよって相手が私だというのには頭を抱える思いだが。」 「――――っ!」 いつの間に移動したのか。向かいにいた筈のアーチャーが今は俺の隣にいて、がっちりと抱き込まれていた。 アーチャーの厚い胸板が顔に当たっている。シャツを通して鼓動が伝わる。 「っ、アーチャーっ!はなせよ!!」 「ふん、非力な貴様が悪い。」 恥ずかしさも入り混じって、ばたばたと暴れてみるが、がっちりと俺を抱え込んだアーチャーの腕の力は強い。びくともしない。 早々に諦めて力を抜くと、俺の身体に回ったアーチャーの腕も弛む。 「……お前だって俺のこと言えないだろ。」 半分は負け惜しみだったが、小声でそう呟いてみる。するとアーチャーは自嘲するように小さく笑う。 確かにその通りだと、否定しないアーチャーの声。 未来の自分。否定した自分。憧れた自分。受け入れた自分。 でも、決定的に、それは自分じゃなくて。 アーチャーはアーチャーで。だからこそ俺は無理矢理繋ぎ止めて。 そうしてこんな、なんでもない日常があって。 「……アーチャー。」 「なんだね。」 「…本当は、駄目だって分かってるんだけどさ。」 「………」 「俺、今…………しあわせ、なんだ。」 「…………そうか。」 聞こえないぐらいに小さく呟いた俺に、アーチャーも小さく返してくる。 いつかこの小さな幸せを、自らの手で棄てる時はきっと来るだろうが。 それまでは、今だけは、この幸せに浸っていたいと。 そんな願いのようなものをこめて、俺はアーチャーの背に腕を回してしがみついた。 こんな風にらしくないのも今だけだと。アーチャーと2人きりだからだと言い訳して。 アーチャーも何も言わずに俺の背を撫でる。なんとなくアーチャーの気持ちも伝わってくるようでくすぐったい。 しんと静まり返った、2人きりの夏の日。 何事も無い、日常。 それはきっと、『衛宮士郎』にとっては、得がたい幸福の日。 この後は、普通に昼食、干してた布団を取り込んで、2人で夕食の買出しに出かけて、 2人で夕食作って食べて、何事も無く寝るんじゃないかな。 そんな1日こそが平和で幸福ではないでしょうか。 リクエストありがとうございましたー!