その場に存在できる魂は、ただ一つ。 「なら俺は侵入者でしかないわけだな、今は。」 ある固有の座に辿り着いた男はひっそりと呟き、唇の端を上げた。 数年前に抱いた想いを胸に、ここまで来た。 あとは出会うだけだ。出会って、そして―――。 時間にすればほんの数秒。 本来の座の主である英霊は姿を現した。 ありえない侵入者を排除する為。 その手には既に武器である双剣が握られている。 侵入者はますます笑みを濃くし、両手を振る。 その手には一対の白と黒の双剣。 侵入者の姿は、座の主である英霊と鏡合わせのようだった。 姿形は同じ。違うのは、肌の色・髪の色・瞳の色。 双方同時に地を蹴る。砂塵が舞い、甲高い音を立て、剣と剣が接触した。 直ぐに二撃三撃と続く。互いに渾身の力をぶつけ合う。 剣の型も同じ。癖も同じ。 英霊は鏡合わせの侵入者の正体を探る。 自身が生み出した幻想の類では無い。ならば何者だ。固有の座に侵入者などありえない。 自身の記録を辿る。 剣を振るうごとに、ある一つの記録と重なった。 その記録にある相手の姿はまだ幼い。 それは過去の、かつての自身の姿。 ならば今目の前にいるこの男は――――――。 「っ ……エミヤ、シロウ……」 英霊は、凄絶な笑みを浮かべている侵入者の名を音にした。 「衛宮士郎…!!!」 今度ははっきりと叫ぶ。怒りを込めて。 「…ハ、やっと気付いたのか、英霊エミヤ!!」 侵入者、衛宮士郎は、嬉々として英霊の名を叫んだ。 剣戟は続く。 どちらも止めようなどとは思わない。 剣は刃こぼれし、互いに浅い傷を幾つもつくり。 だが、それは永遠ではなかった。 「終わりだ」 呟いたのはどちらか。 勝負は実に呆気なくついた。 互いの身体に互いの剣先が吸い込まれ、互いの呼気が触れるほど近くに。 「…何故、ここへ来た。」 驚くほどに静かな心で英霊エミヤは問う。 「…お前のこと、ずっと、殴りたかったんだよ。その方法が、これしか浮かばなかった。」 侵入者である衛宮士郎はそう答えて、そっと目を閉じる。 過去に思いを馳せる。 聖杯戦争、終わりの時。 その表情を見ることは無かったが、士郎は去り際の英霊エミヤ・アーチャーの声だけは聞いた。 その声音に腹が立った。 アーチャーの生前の記憶を垣間見て、だがそれが自分の辿る道だとは思えなくて。 全てを受け入れたような穏やかな声で消えた男。 ただ、頭にきたのだ。 それだけの想いを胸に、衛宮士郎は生きてしまった。 正義の味方として、世界に自身を投げ打った。 その結果どうなるかなど分からないまま――ここへ、辿り着いた。 「………たわけ。」 英霊エミヤはそう呟くと、衛宮士郎に身体を預けた。 英霊エミヤの剣は衛宮士郎の肩に。 衛宮士郎の剣は英霊エミヤの胸に、刺さっていた。 何ということはない。相対する二人の心、衛宮士郎はただ相手を倒すことだけを考えていたが、 英霊エミヤは何故、という疑問に意識を割いてしまった故に致命的な隙ができ、勝敗は決した。 二人同時に悟った。これからどうなるのか。 衛宮士郎は剣から手を離し、英霊エミヤを抱き締めた。 エミヤは目を閉じる。 まさかここまで馬鹿な男だとは思わなかった。 いや、エミヤシロウはそんな男でもあったなと自嘲ぎみに笑い、 そして、思考は途絶えた。 腕の中のエミヤがゆっくりと存在を薄れさせていく。 完全に消えた瞬間、衛宮士郎の脳内に、膨大な量の記録が流れ込んできた。 「―――――――――――――――ぁ」 破裂するのではないかという程の、記録。 歴史、人の愚かさ、絶望、憎悪。ありとあらゆる負の感情。 膝をつき、地に倒れる。両手両足がなにかに繋がれたような感覚。 まさに今、繋がれたのだろう――座に。 「……ああ、これは、摩耗もする、な。」 衛宮士郎は、英霊エミヤはそうして小さく笑った。 そして、『俺』は『俺』のままだと理解し、途切れ途切れ言葉を零す。 「アーチャー、は…完全に、消えたのか、な……解放されたなら、いいが…。 どちらでも……あいつ、にとっては、いいのかな……」 結果論だ。 本当に、衛宮士郎が望んだことは、アーチャーを殴りたいと、ただそれだけだった。 こうして英霊エミヤになったことも、別にアーチャーを解放したいなどと考えたわけではなくて。 だが、良かったとは思う。 自分もいずれ、あの男のようになってしまうのだろうか。 過去の自分を殺したくなるのだろうか。 自己の消滅を望むようになるのだろうか。 なにもわからないが。 「…頑張って、いくから」 知らず、衛宮士郎は――英霊エミヤはそう、呟いていた。 あえて弓士ではなく、弓と士郎で。 誰でも一度は考えるであろう合体ネタ。