メキシコでの一件以来、ラックは良く考えるようになった。 身内で唯一人、不死ではないクレアのことを。 クレアとは幼い頃から一緒にいた。本当の兄弟のように。 上の兄達も、そしてクレア自身もそう思っているだろう。 それはクレアが自分達とは違う道へと進んでからも変わらないものだ。 どんなに離れていようと、どれだけ会うことがなくても。 だが、自分達兄弟は不死になってしまった。 幼馴染であるフィーロやマルティージョファミリーも共に。 そこにクレアはいない。 今はそれ程気にならなくてもいずれ、時がもっと経てば、嫌でも思い知るだろう。 クレアは『死なない男』だ。だが老いは訪れる。 いつか時の流れが彼を死に誘うのだと。 その時、不死である自分は永遠に彼と出会うことが、出来なくなるのだと。 「そろそろ会える気がするんだ。」 アルヴェアーレで一緒に昼食をとっていたフィーロが、ふいにそんなことを呟いた。 ラックは黙って視線を隣に座るフィーロに移すことで先を促す。 フィーロは一口コーヒーを飲んでから続けた。 「クレアの奴に。」 「…根拠は?」 問いかけたラックにフィーロは無いと答える。 「ただの直感だけど。前に会ってから大分経つし。まあ会えたとしても、厄介事が何もなければいいんだけどな。」 フィーロはそう言って笑う。あいつが関わるとろくなことにならねえし、そう言いながらもどこか楽しげに。 「そうですね。」 ラックも小さく笑う。 どんな厄介事を持ってきたとしても、会えるのなら些細な事だと思いながら。 「もっと顔見せりゃいいのにな。」 「同感です。」 暫くラックとフィーロは、ここにはいない彼らの共通の友人、クレアの思い出話に花を咲かせた。 昼食を済ませたラックはアルヴェアーレを出て事務所へと戻るいつもの道を歩いていた。 いつもどおりの道。 ふと顔を前方へと向けたラックは、自分の目を疑った。 「クレア……さん……?」 先程フィーロと話した矢先。 幻覚でも見ているんじゃないかとラックは立ち止まり、何度か瞬きした。 前方にいた赤毛の青年はそんなラックには構わず彼との距離を縮めていき、 「よッ、ラック。久しぶりだな!事務所に行ったらお前だけいなかったからさ。 フィーロんとこに行ったって聞いて向かう所だったんだが、行き違いにならなくて良かったよ。」 そうしてラックの目の前で立ち止まった。 間違いなく、クレア本人だと理解したラックは、 「本当に、変わりませんね。」 久しぶりに会った兄弟に、様々な感情を込めて、それだけ呟いた。 「キースもベルガもお前も、元気そうでなによりだ。」 結局ラックはクレアと共に再びアルヴェアーレに向かう為、来た道を戻ることになった。 どうやらクレアは本当に自分達の顔を見に来ただけらしく、すぐにまた街を出るらしい。 次はいつ会えるか解らない。ラックはクレアと少しだけでも話したいと思ったからだ。 「クレアさんも元気そうでほっとしましたよ。」 同じように相槌を返す。 「だから今はフェリックスだって。ま、お前らだし、もういいけどな。」 クレアはお決まりの台詞を言って苦笑する。 話したいと思った。だが何故かラックから話題は出なかった。 クレアがいつものように話したいことを話し、ラックはそれに相槌を入れるだけ。 もうすぐアルヴェアーレに着く、という所でクレアは急に立ち止まった。 「どうかしましたか?」 ラックも立ち止まる。 クレアは顎に手を当てて暫く何かを考える素振りを見せた後、突然ラックを肩に抱き寄せた。 「!?」 当然ラックは驚き、固まる。 クレアはぽんぽんとラックの背中や頭を軽く叩き、 「俺が手伝えることなら話してるよな。何背負い込んでんのか解らないが、あんまり思い詰めるなよ。」 そんな風に言ってきた。 どうやら理由はともかく、ラックが色々思い悩んでいることにクレアは気付いているようだ。 クレアに話せるようなことではない。 誰が貴方のことで悩んでいるなどと本人に言えるものか。 だが、こうしてクレアが気づかってくれたことで、ラックの気持ちは不思議と軽くなった。 単純だなと内心で苦笑しながら、ラックは大丈夫ですとクレアに告げて、自分もクレアの背中を腕を回して軽く叩いた。 そうかと頷きクレアはラックを解放する。 「何かあれば、いつでも言えよ。」 「クレアさんに頼むような事が何も無い方が、平和ですけどね。」 「ははは」 そうして何時ものやりとりに戻ってから、アルヴェアーレのドアを二人で潜った。 フィーロと三人で会うことも久しぶりで、一騒動あったのは言うまでも無い。 ――――――――――――――― 「なんだよ、思い出し笑いか、ラック。」 とある墓地。一つの墓標の前。 フィーロは隣に立つラックにそう声をかけた。 ラックは口元に笑みを浮かべながら、 「昔を思い出していました。」 そう告げた。 その墓は、二人にとっての幼馴染であり兄弟でもあった、クレアという男のものだ。 墓石に刻まれた名前はフェリックスになっていて、墓石の下には何もないが。 そう。空の柩が埋まっているだけ。 「行方不明、とはな。あいつらしいけどよ。」 フィーロは目を細めて呟く。 クレアは伴侶であるシャーネと共に行方不明となった。 宝探しだのなんだのと世界を駆け巡っている中で。 この墓は親族が区切りとしてつくったもの。 だが、誰も彼らの死を信じてはいなかった。 「どこかで今も元気にやっていますよ。きっとね。」 ラックは心底そう信じることができて。 隣のフィーロも同じように相槌を打つ。 思い出が辛くなっていく時期もラックには確かにあった。 クレアは何年経ってもクレアのままだったが、姿は徐々に老いていく。 肌に皺が刻まれて、力も若い頃よりは衰えて。 それでもクレアはクレアだった。 そのことに、ラックは救われてきた。 「そろそろ行くか。」 「そうですね。」 フィーロはラックに声をかけてから、先に背を向ける。 ラックも後に続く。 少し歩いて、一度だけ振り返る。 空は雲一つ無く、晴れ渡っていた。 もう思い出は辛いものではない。 クレアは自分の中で生き続けていく。 これから先、何年も、何十年も。 自分が生き続けるかぎり。 「それじゃ、また。」 そう言ってラックは、世界のどこかにいるクレアに笑いかけた。 ドラマCDのその後って感じで、以前話した妄想をなんとか形に。 リクありがとうございました!