夜、寮の自室へ戻ろうとすると、真田に呼び止められた。 「ちょっと話したいんだが、いいか。」 「…?構いませんが。」 「立ち話もなんだ。そうだな…俺の部屋にきてくれるか。」 「わかりました。」 どこか思いつめた様子の真田を不思議に思ったが、深く考えず、先を歩く真田についていくことにした。 真田の部屋。 入って暫くは当たり障りのない話をしていたように思う。 だから、何故こんなことになっているのか、すぐには理解できなかった。 突然だった。自分の身体が真田によってベッドに押し倒されている。 見上げた真田の顔は、苦しげに歪んでいた。 掴まれた手首が痛い。 先輩、と声をかけようとしたが、音にはならなかった。 重なる唇と唇。触れ合う吐息。 お互い目は開いたままで、視線が交錯する。 唇が離れた後、真田が口を開いた。 「何故、抵抗しない。」 その声は、心底不可解だと告げていた。 「……代わり、なんでしょう?」 淡々と告げた自分を真田が驚愕の表情で見る。 ――そう、代わりなのだろう。失ってしまった『あの人』の。 完全に立ち直ったように見えていたが、そうではなかったというだけのこと。 二人がどんな関係だったのかは解らない。 ただの友人関係よりも深いもの、と感じていたが、それ以上のことは知らない。 別に知りたいとも思わない。 「……誰でも、いいわけじゃない。お前だから、俺は。」 絞り出すように真田が告白する。 『代わり』だと言った自分の言葉に、真田は否定しなかった。 ああ、気にしなくてもいいのに。 完全に身体の力を抜いて、目を閉じた。そして、 「自分も、同じです。先輩みたいに決まった『誰か』がいるわけじゃないけれど。 先輩なら、構わないですよ。『人肌が恋しい』。それで、いいじゃないですか。」 少しでも真田の心が軽くなるように、言う。 嘘ではない。 自分の中には、ずっと虚無感のようなものがあって。 それはおそらく両親が死んでしまった頃から。 どんなに人と関わっても、本当の意味でその虚無感が無くなることはなかった。 でも、人と関わることで自分の中のそれに見ない振りをすることはできたから。 真田が、名前を呼んでくる。 もう、あの時間は戻らないんだな。 眉をよせて、囁く。 そうですねと相槌を打つ。 『あの人』とは、たったの一ヶ月しか関われなかったけれど、 真田がどれだけ慕っているかは目に見えて解ったし、自分も『あの人』のことは好きだった。 手首を掴んでいた真田の手は、いつのまにか身体に回されて、強く抱きしめられていた。 自由になった腕を真田の背中に回して、自分も抱きしめ返す。 真田と、長い夜を一緒に過ごした。 なんかこれ、主真…に見えないことも無いよな、とか。 ほら、だって真田って襲い受け…。 荒垣先輩が亡くなってから、数日後って感じです。