「また逢いたくなってきちゃった。」 居間でぱりぱりと煎餅を齧る音を響かせながら藤ねえがぽつりと呟いた言葉が耳に届き、 俺は台所で用意してきた二人分のお茶を持ちながら暫し、立ち尽くした。 そして我に返り、身体を動かして藤ねえの前にお茶を置き、俺は向かいに腰をおろした。 一口お茶を啜ってから、 「誰に逢いたいんだよ。」 そう問いかけた。藤ねえは、んー、とぼんやりした声を発した後、 「切嗣さんにね、逢いたいなぁって。」 そんな爆弾を落としてきた。 俺は一瞬息が止まった。 藤ねえに限ってそれは無いとは思う。思ってはいるが、深く考えてしまった。 切嗣はとうの昔に死んでいる。その切嗣に逢いたいということはつまり――と。 固まった俺に気付いたのか、藤ねえはへにゃりと困ったように笑って手を振る。 「深刻にとらないでよぅ!ちょっと想い出して、懐かしくなっちゃってね。」 そう言った藤ねえの姿はいつもの姿だったので、俺はほっとして力が抜けてしまった。 「いきなり妙なこと言うから、吃驚したじゃないか。」 苦言を漏らすと、ごめんねと両手を合わせて謝る藤ねえ。 「……もし、切嗣さんに逢う為だけに死んじゃったりしたら、馬鹿なことして、 って怒って切嗣さん逢ってくれないだろうしね。」 想い出しているように目を細めて藤ねえは呟く。 「…藤ねえ」 俺の呼びかけに藤ねえは顔を上げて視線を合わせてくる。 「切嗣のこと…まだ、好きなのか?」 単刀直入に聞いてみた。藤ねえはぱちりと瞬くと、ふ、と寂しげに笑った。 「好きだよ。でも今思うと憧れ、だったのかな。 切嗣さんって優しくてかっこいい男の人で…ちょっと陰のある所とか、ほっとけない所とか、 気になって仕方なかった。切嗣さんみたいな人、あの時の自分の周りにはいなかったし。」 懐かしそうに藤ねえは話す。 俺も切嗣のことを想い出してみた。 切嗣は俺にも勿論優しかったけれど、藤ねえにはもっと優しかった…気がする。 女性にはもともと優しかったが。あの頃、藤ねえに妬いた記憶も恥ずかしながらあった。 少し情けない気持ちになり、誤魔化すように俺はお茶を飲んだ。 視線を感じ顔を上げると、藤ねえが俺を見ていた。 「なんだよ。」 「んー、うん。士郎、なんか切嗣さんに似てきたね。」 「そうか?」 「そうだよ。だからね、切嗣さんみたいに、いきなりいなくなったりしないでね。」 「―――」 藤ねえのその言葉には、どこか切実な響きが含まれていて、俺はすぐには答えられなかった。 藤ねえは何も知らない。知っているのかもしれないが、詳しいことは解らないだろう。 俺が踏み込んでいく世界のことは。 俺は少し考えた。無責任なことは言いたくない。嘘は吐きたくない。だから。 「…もし、どこかに行ってもさ、帰ってくる。ここに。」 そう、告げた。 その言葉は俺の本心だった。 何があっても最後にはここに、藤ねえのいるここに帰ってきたいと思った。 藤ねえは、日溜りの暖かさを感じるような、そんな顔で笑った。 その笑顔はどこか、切嗣と似ていた。 切嗣がらみで。 士郎と藤ねえの関係はいつまでも変わらないんだろうなーとか。 成長した士郎に切嗣の影を感じたりして、藤ねえちょっと不安になったり。