ごろりと寝返りを打つ。 『……駄目だ、眠れない』 妙に目が冴えてしまっている。 竜ヶ峰帝人はひとつ溜息を吐いて身体を起こし、携帯の時計を確認した。 時刻は深夜三時になろうとしているところ。微妙な時間。 一度目を閉じて暫し考えてから、帝人は散歩に行くことにした。 明日――というよりもう今日になるが、休日なので問題はない。 手早く服を着替えて、非日常に出くわすかもしれないというほんの少しの期待を胸に、帝人は真夜中の街に向かった。 一つの決意を胸に抱いてから数日。 顔や身体の傷も癒えた。 まだ鮮明にあのゴールデンウィークに起こった様々な出来事を思い出すことができる。 確かに何かが変化したはずの帝人は、今までとそれほど変わらない少しおどおどとした、 相変わらずの雰囲気を身に纏ったまま、夜の池袋を一人歩いていた。 普段あまり歩かない道を選んで歩く。道に迷わないようにしっかりと方角を確かめながら。 人通りは少ない。特に誰かに絡まれることもない。拍子抜けしながらも帝人は歩いた。 すると、前方から見知った人物が歩いてくるのが見えた。 金髪、サングラス、バーテン服。 それは見間違える筈もなく。 「…あ?竜ヶ峰か。」 「静雄、さん。」 『池袋最強の男』平和島静雄だった。 「何してんだ、こんな時間に。」 「あ、ええと、ちょっと眠れなくて散歩を……。静雄さんは…?」 「俺は仕事終わったんで、帰るとこだ。」 今度はちゃんと名前を呼んでもらえたことに少しだけ嬉しく思いながら帝人は正直に答えて、 それに対して静雄も帝人の問いかけに律儀に答えてきた。 『ダラーズ、やめちゃったんだよな……』 今でも帝人は静雄がダラーズを抜けたことを残念に思っていた。 あんなことがあったのだから仕方がないとも思う。 だが帝人と静雄の関係は、ダラーズの一員である、という程度でしかない。 後に残ったのは、静雄本人もそう認識している通り、黒バイク―セルティの知り合い、ということだけ。 同じ学校の先輩後輩という間柄も、年が離れているためあまり実感はない。 静雄のその強さに、怖れと憧れを抱いている帝人にとっては、関係が希薄になってしまうのは寂しかった。 だから声をかけられた、という些細な事に喜びを感じていた。 だが、会話が続くわけもなく、互いの現状を理解した時点で、会話は途絶えて沈黙が落ちる。 静雄は暫く帝人の顔を見た後、頭を軽く掻いてから、 「…俺が口出すことじゃねえけどな。こんな時間にあんまりふらふらすんなよ。」 至極真っ当に気づかいの言葉を帝人に告げた。 その言葉に帝人は無意識に傷つきながらも、静雄は善意で言ってくれているのだとちゃんと理解もして、ぺこりと頭を下げつつ、 「あ、そうですよね、すいません…!」 と謝罪の言葉を口にする。 そんな帝人に何を思ったのか、静雄はぐるりと顔を巡らせてから、目的のものをみつけたのか、 何も言わずに帝人の歩いてきた方向へと足を運んでいく。 帝人が何かを言おうと口を開きかけて、静雄が向かう先に自動販売機があったことに気付く。 まさか投げるつもりじゃ、などと反射的に思い、さっと血の気がひいたが、 静雄は自動販売機の前で立ち止まり、硬貨を入れてボタンを押す。 がしゃんと商品の落ちる音。身を屈めて落ちてきたそれを取り出してから、もう一度同じことを繰り返して。 そうして立ち尽くす帝人に振り返って、帝人に向かって何かを投げてきた。 放物線を描きながら落ちてきたそれに帝人は慌てて手を差し伸べて受け取る。 何の変哲もない、それはとあるメーカーのお茶。 帝人が口を開く前に、静雄はもう背中を向けて歩み去ろうとしていた。 「あ、ありがとうございます!」 相手に届くぐらいの声で礼を告げた帝人に静雄は軽く手を振って応えて、先ほど買った何かを飲みつつ立ち去った。 残された帝人は、なんてことのない日常ではあるが、少しだけ満たされて、 お茶の缶を握りしめながら、家に帰ることにした。 帝人と静雄の接点って無いに等しいんだが、この二人可愛いよね!って感じで。