眠っている時に触れられていることに士郎が気付いたのは、 衛宮切嗣の養子になってから一ヶ月が過ぎた頃だった。 まだ互いにぎこちない関係のまま、少しだけ慣れてきた、そんな時期。 士郎はたとえ気付いても眠っているふりをしていた。 触れてくるその手は切嗣のもの。 顔の輪郭を辿る指。次は胸に手のひらをあてて撫でる。 両腕、両足。最後に頭を撫でて額にそっと息がかかって。 そうして切嗣の気配は離れていく。 「…なんだろ……」 切嗣が部屋を出た後、士郎は小さく呟く。 嫌な感じはしない。寧ろ触れる手は温かい。 だから不思議に思っても何も聞かなかった。 聞いてしまえばきっと切嗣はもう、触れてこなくなるだろうから。 切嗣は士郎をあの地獄から助けてくれた恩人だ。 なのにその時の話をすると、酷く苦しそうな顔をする。 笑った顔も泣いているように見える。 どうしてなのかわからない。 切嗣は大人で、士郎は子供。それが理由なら、早く大人になりたいと士郎は思った。 子供心に、助けてくれた切嗣を自分も助けたいと思った。 「早く元気にならないと。」 まだ少しだけ痛む身体。普通に生活する分にはもう大丈夫。 ご飯でもつくってみようか。こっそり練習して。 ちゃんと美味くつくれたら切嗣に食べてもらって。 そうしたら笑ってくれるかな。 「明日、起きたらなにが好きか聞いてみよう。」 士郎はそう決めて、もう一度眠る為に目を閉じた。 切嗣は自室でそっと溜息を吐く。 あの日、唯一人の生存者であった士郎の怪我は酷いもので、 普通の治療では何らかの障害が残ってしまう可能性があった。 だから切嗣は自身の内にあったアヴァロンを士郎の体内に埋めた。 セイバーがいない今、効果は定かではなかったが、結果としてうまくいき士郎は通常よりも早く回復した。 状態を確認する為に切嗣は、邸で二人で暮らすようになってから毎晩、眠る士郎の身体に触れる。 士郎にはもうバレているのかもしれない。 だが、士郎は何も聞いてこないので、それに甘えて切嗣も何も言わない。 状態を確認する為だったその行為は、次第に別の意味を帯びはじめた。 眠るその子供が愛おしい。 初めに抱いたものは罪悪感だけだった。 それが今は、温かい身体、生きている子供をその手で感じることで、僅かな痛みと共に温かい気持ちが溢れてくる。 冬の城に残してきた娘―イリヤと重ねているだけかもしれない。 もしそうなら、今更だが酷い人間だと思う。 それでも、今切嗣が生きていられるのは、この子供のおかげなのだと。 士郎の両親を奪ったあの火災の原因が切嗣なのだと知ったら、この子供は何を思うのだろう。 やはり切嗣を恨むだろうか。恨まれて当然と理解していても、士郎に恨まれるのは辛いだろうなと思う。 イリヤは既に、戻らない切嗣のことを恨んでいるだろうが。 「臆病者だな、僕は。」 それが解っているから、きっと士郎に真実を告げることはない。 なんて、卑怯者だ。 切嗣の身体は呪いに侵されている。 数々の怨嗟が切嗣の身体を蝕んでいく。 せめて、士郎が一人でも生きられる歳になるまでは、共に暮らしていけたらと願う。 それが何の罪滅ぼしにならなくても。 切嗣は蹲り目を閉じて、手のひらを胸に当てて、先程触れた士郎の体温を思い出す。 目尻に涙が滲み、それは雫となって頬を滑り落ちた。 後日、完全に打ち解けた士郎が切嗣を誘って一緒の布団で眠ることになったり。