それは、火が消えた瞬間のような感覚だった。 久方ぶりに冬木の教会に戻って数日後。 五年前の災害から言峰綺礼が感じていた微かな繋がりがぷつりと途絶えたのを感じた。 その繋がりは本当に微かなもので、綺礼が冬木を離れている時、 或いは対象が冬木を離れているだろう時には感じられない感覚。 その対象が何者であるのか、綺礼は確信していた。 繋がりの正体は聖杯の泥。 サーヴァントであるギルガメッシュとのラインと相似している為、間違いはないだろう。 そして泥を被ったのは綺礼とギルガメッシュの他にもう一人―――衛宮切嗣。 既に切嗣との決着はついている。 五年前のあの日、切嗣に心臓を撃たれ、死んだ綺礼は聖杯の泥により蘇った。 その事実に気付きもせず、切嗣は綺礼を見逃した。 抜け殻になったあの男を綺礼は見限った筈だった。 だが、綺礼の中にはその時から、澱のようなものが存在していた。 聖杯の泥・呪いによって生じているのだろう切嗣の負の感情。 苦悩・苦痛。それに気付いた綺礼は暫しその澱を忘れ、満たされることができた。 自らが手にかけるまでもない。そうやって呪いに蝕まれ、絶望して死を迎えろ。 その瞬間に飲むワインはどれだけ格別だろうか。 そう待ち望んでいた綺礼は、だが、実際に切嗣の死を迎え、苛立たしい想いを抱くことになった。 「なんだ、コレは。」 思わず綺礼は低く呟く。まるで呪詛のように。 それは、胸に小さな光が灯るような感情。 これは、安堵、だ。 意味の無い無価値な人生を歩み終えた筈の衛宮切嗣は、最期に安堵を抱いた。 こんな結末を望んだわけではない。 こんなことなら、直接手を下していれば、首を絞め心臓を抉っていれば、 今よりは確実に満たされていただろう。 全ては手遅れだ。綺礼はソファーに座り体重を預けて目を固く閉じる。 「我と出会ったばかりの頃のような貌だな、言峰。」 綺礼以外に誰一人存在しなかった部屋から声が響き、傍らに黄金のサーヴァントが現れる。 綺礼はちらと視線を向けたが、再び目を閉じて溜息を吐く。 黄金のサーヴァント・ギルガメッシュは綺礼の態度に別段腹を立てることもなく 鼻で笑い、向かいのソファーに優雅に腰掛けた。 「……で、何があった。」 ギルガメッシュの問いかけは絶対の響きを帯びる。 言外に話せと強制する響きだ。 綺礼は思案する。ギルガメッシュには切嗣が―セイバーのマスターが生きている事実を知らせなかった。 切嗣が聖杯を破壊したのならば、ギルガメッシュとも顔を合わせているだろう。 両者の間に何らかの確執があった場合、ギルガメッシュは切嗣の命を間違いなく刈り取る。 それは綺礼にとって、面白くないことだったからだ。 「…この手で殺そうと思っていた対象が勝手に死んだ。それだけだ、ギルガメッシュ。」 「ふ……ん。」 綺礼はそう言って、あとは話すことなどないと口を噤み、 ギルガメッシュは目を眇めて鼻を鳴らしたが、まあ良いとそれ以上追求はしなかった。 黄金の英霊は一つ頷くとその直後に歪んだ背後の空間から一組の豪奢な杯と、 何かの液体が入った瓶を取り出し、なみなみとその杯に液体を注ぐ。 「お前にその貌をさせたのが何かは知らぬが、我が慰めてやろうぞ。 ありがたく飲み干せ。ヒトが口にできる代物では無い極上の一品だ。」 そう高らかに告げてギルガメッシュは綺礼に無色透明の液体で満たされた杯を示した。 綺礼は目を細めた後、促されるままその杯を手に取り唇をつける。 成る程ギルガメッシュが言うだけのことはあり、それは今まで味わったことのないもので綺礼は目を瞠る。 そんな綺礼の反応に満足そうに口角を上げたギルガメッシュは、自らも杯を手に取り美酒を味わう。 「お前好みの愉悦など、探せばこの先いくらでもあろう。そう悲観することもあるまい。」 ギルガメッシュの言にそうだなと綺礼は頷く。 切嗣を失ったのは確かに惜しいが、ギルガメッシュの言うとおり綺礼の心を満たしてくれる機会はまたあるだろう。 自身が生れ落ちた意味を得られる時も。 その為に綺礼はこの世界に繋ぎとめられたのだろうから。 漆黒の神父と黄金の英霊は、互いの悦びの為に人の世に混ざり存在する。 いずれ訪れる刻を待ち望みながら。 綺礼の苦悩はギルにとって蜜の味です。なので機嫌が良かったとか。