「よォ、随分背広姿が板に付いたな。」 「どうも。お忍びですか?」 道を行く長髪の青年に気安く声をかけた、多少人間離れした雰囲気の青年。 長髪の青年は南野秀一といい、本来の名は蔵馬。人として生きてきた狐の妖怪。 声をかけた青年は人ですら無い、霊界を統べる者、コエンマ。 ある時を境に、二人はよく会って個人的に話すことも多くなった。 それは人間界・霊界・魔界、三つの世界を巻き込んだ様々な出来事によって。 立ち話も何ですし喫茶店でも入りませんかという蔵馬の誘いにコエンマは頷き、 ここのコーヒーがなかなか美味いんですよと蔵馬はとある喫茶店に案内した。 ごゆっくりどうぞと運ばれてきたコーヒーをどちらからともなく口につけながら、 「今日はつけていないんですね。」 蔵馬は人差し指で自分の口元をとんとつついて目の前の男に尋ねた。 「ん?ああ。向こうではつけているがな。一度空になったから、 使えるようになるのは相当先だ。コッチに来るときは最近外している。」 コエンマはそう答えて、ほんの少し苦い顔をした。 その理由を蔵馬は良く理解していたので、そうですかとさらりと流した。 コエンマが常に口にくわえていた、おしゃぶり型の魔封環という道具。 昔は人間界の姿の時もつけていたが、とある事件以降、外している姿を時折見るようになった。 その事件はコエンマの心に深い傷跡を残したようだ。 特定の相手にそこまで深く干渉するのはあまりよくない筈だが、 そこが彼の長所であり、短所でもあるのだろうと蔵馬は思う。 今日の訪問も、自分のことに関することだろうと蔵馬は察していた。 「…お前に遠まわしに言っても無駄だろうからハッキリ聞くが、『身体』の調子はどうだ。」 コエンマが蔵馬に問いかける。蔵馬は目を少し伏せてから答えた。 「今のオレの中に、人である部分はどれだけ残っているんでしょうね。」 コエンマは僅かに眉を寄せ、先の言葉を待つ。 「南野秀一でありながら妖狐蔵馬である感覚は、一定の周期でやってきます。 その時は適当な理由をつけて、あちらで発散させてもらっていますが……。 家族の前でぼろを出さないようにすることが、正直なところ大変になってきましたね。」 肩をすくめて蔵馬は言った。自分の変化は自分がよく解っている。 そのうち人の姿を保つことも難しくなってくるのだろう。 強くなった妖狐としての本来の自分を、人としての南野秀一の肉体がだんだん支えきれなくなっている。 既に人でもないのだろう。大部分は妖化してきている。 「何か問題になっていますか?」 蔵馬は単刀直入に聞いた。 今は妖怪も自由に人間界を行き来できるようになっているが、完全に問題がなくなったわけではない。 特に『妖狐蔵馬』は悪い意味でも有名すぎた。 コエンマは溜息を吐く。それが答えだった。 こうしてコエンマが自分に直接問いかけてきた時点で、何らかの問題が起きているだろうことを蔵馬は既に気付いていた。 だが、次にコエンマが告げた言葉に蔵馬は軽く目を瞠る。 「ワシは現状のままで問題ないと思っている。お前が望むだけ今のままでな。 好きにすればいい。その為の手はつくす。」 蔵馬は苦笑する。そんなに良くしていただいていいんですか、そんな風に返せば、 お前には色々と借りがあるからな、そう言ってコエンマは目を細める。 「こうなることを見越しての行動だっただけかもしれませんよ。イカサマは得意ですから。」 蔵馬は言う。そう、自分は人として生きているという時点でもう色々なことを欺いている。 本来の自分は紛れも無い悪党だ。 優しい人たちとの出会いで、つい忘れてしまいがちになってしまうが。 そんな蔵馬の内心を笑い飛ばすかのようにコエンマは告げる。 「イカサマだろうがワシは助かっている。他の奴らもな。その事実だけで充分だろ。 それにな、人間も妖怪も、多様に変化する生き物だってのをワシは沢山見てきた。 お前は良い方に変わった。それだけの話だ。」 そうして冷めてきたコーヒーを口に含んだ。 これだけはっきり言い切られてしまえば、蔵馬はもう何も言い返す気にはなれない。 降参というように軽く両手をあげた。 「大体人間やめて魔族になった奴が、気にもせずこっちで堂々と生きているんだ。今更だと思わないか。」 「それは確かに。」 共通の友人(と言えるだろう)の話題に二人はひっそりと笑う。 彼がいなければ自分達の関係など無かっただろう。 「なんとかしますよ。会社で色々仕事を任されてもいますので、最低そっちが落ち着くまでは。 何年がかりになるかは解りませんけどね。」 蔵馬は笑う。気になるのは身近な家族。見届けることができたら自分の記憶を消して立ち去るつもりだった。 ずっとその機会を窺っていた時期もあったが、今は一緒にいることができるかぎりはいようと開き直っていた。 「老化の方は大丈夫か。」 コエンマも笑いながら聞く。 「怪しまれない程度に適当に変化させますよ。」 蔵馬も軽く答える。 「まあ心配はしていない。間の抜けたヘマはしないだろうしな、お前は。」 コエンマは蔵馬を正しく評価して、蔵馬もそれに対して薄く笑って応えるだけだった。 喫茶店を出て、 「時間があるなら、このままデートでもしませんか?」 蔵馬は悪戯っぽく言った。 「お前こそ時間は大丈夫なのか?」 「今日は珍しく空いてるんですよ。貴方さえよければ。」 「そうか。ワシも息抜きがてら来たようなものだからな。」 コエンマは一つ頷き、じゃあぶらぶらするかと歩き出した。 「適当に時間潰して夜はラーメンでも食べに行きましょうか。暫く会ってないでしょう、彼と。」 「うむ、それもいいな。」 『彼』の話になると自然に空気がやわらかくなることを互いに自覚しながら、 二人は肩を並べてゆっくり歩いた。 ED後ということで。まあ妄想です。 なんとなくこの二人が話してるの好きだ。