俺は土蔵に足を向けた。 理由は特に無いが、アーチャーはそこにいるような気がしたのだ。 辿り着いた土蔵。扉は開いている。 覗き込むと、探していた背中が見えた。 「アーチャー。」 声をかけると振り向いてくる。 その目が、俺を見ながら、何も見ていないように思えて。 「…どうか、したのか?」 問いかけるとアーチャーは、自嘲するように笑って。 「死んで、英霊になって、まさかヒトとして、年を越すことになるとは、 思っていなかったのでな。」 そう、言った。 「落ち着かないのか…?」 ―――人として生きる、その営みが。 「違和感は、拭えんな。」 ―――自分は既に、人に非ずと。 「…現界していることが、辛いか。」 アーチャーを無理矢理、繋ぎ止めたのは、俺だから。 ずっとその事は、気になっている。 だから俺は、そう訊いてみた。 「…辛い、と言えば、お前は私を還すのか?」 苦笑混じりに訊き返してくるアーチャー。 俺の答えなど解っているだろうに。 ああ、だから、『苦笑混じり』なのか。 「……還す気は、無いけど……。不満があるなら聞くぞ。」 俺はそう答えてアーチャーを見る。 「不満は、無い。最終的に私は自分の意思で、お前の手を、とったのだからな。 別段、辛いというわけでもない。ただ、違和感があるだけだ。」 アーチャーは言って、ふ、と笑った。 「……早く、慣れろよ。お前にはまだまだ付き合ってもらうんだから。」 言いながら俺はアーチャーに近寄って。 「ふむ。善処しよう、マスター。」 アーチャーはそう返すと、近付いた俺を引き寄せて。 今年初めての、口付けを交わす。 それは、誓いのようで。 「ん……」 ここにいるのだと、確認するように、唇を擦りあわせる。 アーチャーの手が俺の腰に巻きついてきて、俺はアーチャーの首に腕をまわした。 ぴたりと重なる胸。素肌であったなら、お互いの鼓動が聞こえただろうか。 「…あ」 唇が僅かに離れて、溜息のような声が零れるのを、 すくいとるみたいにアーチャーが、再び深く唇を重ね合わせてくる。 お互いの舌先で突きあって、何度も。 「は……んむ…」 息継ぎしながら、それでも出来る限り触れたいと、アーチャーを求めて。 アーチャーは呼吸さえも許さないとばかりに俺を貪る。 俺と同じ起源を持ち、俺の先を既に生きた存在。 同じでありながら、異なる存在。 嫌悪を抱くのが当然ならば。 惹かれることは、必然だったのか。 「ぁ…アー、チャー…」 唇が離れた時に、俺はアーチャーの名を呼んだ。 次の言葉を待つように、アーチャーが唇を俺の頬や瞼に寄せてきた。 「…今年も、宜しくな。」 新年の決まり文句を俺が口にすると。 アーチャーは数度瞬き。 「ああ。こちらこそ宜しく、士郎。」 至近距離で口元に笑みを浮かべながら、そう返してくれた。 「アーチャー、お前も初詣、行くだろ?」 「付き合えというならば、付き合うが。」 「じゃあ、付き合え。」 「了解した。」 そんな会話を交わしながら、俺達は土蔵を一緒に出た。 俺はアーチャーと年を越せたことを、かなり嬉しく感じているようだ。 そのことに気付くと、少し照れくさかった。 この事を伝える気は無いが、多分、アーチャーにはバレているんだろうなと思う。 俺のことなどアーチャーにはいつも筒抜けだから。 それならそれで構わない。 俺がそれだけアーチャーといることを望んでいるんだと、伝わっているなら。 あいつも同じ様に望んでいてくれればいいなと思う。 俺は隣を歩くアーチャーを見た。 アーチャーも俺を見ていたのか、視線が合う。 照れくささと可笑しさに、俺は小さく笑う。 アーチャーも何を感じたのかはわからないが、薄く笑った。 ぶつかり合うことも多いとは思う。 今の俺とアーチャーは、考え方が色々違うから。 同族嫌悪な所もあるだろう。 剣を交えることだって、また、あるかもしれない。 それでも。 またアーチャーと共に、こんな風に年を越したい。 共に、生きていきたい。 少しでも、長く、永く。 俺はそう、強く、思った。 ―――願った。 2008年1月 159c 梨雪 新年小話TOPへ戻る