この身に、溺れる





体を清めて服を元通りに着せて、シロウ―アーチャーは、士郎の体を抱き上げ土蔵から出た。 士郎の使う部屋に向かう。 深夜、皆、既に眠っている時間。 「士郎は、眠っているのかな。」 「っ!……切、嗣。」 士郎の部屋の前。声をかけられ驚愕し、振り向いた先にいたのは、 静かに佇む切嗣だった。 士郎を、敷いた布団に横たえて部屋を出る。 縁側に座って待っている切嗣の隣にアーチャーは腰をおろした。 何かに気付かれている、という予感はあった。 それが今、確信に変わる。 「シロウ。」 名を呼ばれて、アーチャーは切嗣の顔に目を向ける。 切嗣は静かだ。静かに、 「詳しい事情はわからないが。  お前たち二人が、双子の繋がり以上の何かを持っていることを、僕は知っているよ。」 そう口にした。 アーチャーは何も言わず切嗣を見る。 切嗣はアーチャーに淡く微笑みかける。 「お互い合意の上のようだし、同じ男として、そういった気持ちもわかるからね。  だから何も言わない。今まで通り二人の間で秘めておくつもりは、あるんだろう?」 そんな切嗣の問いかけに、全て筒抜けかと苦く思いながらもアーチャーは頷いた。 切嗣は、よし、と言ってアーチャーの頭を撫でる。 それを複雑な想いで受け止めていると。 「まぁ、その対象がイリヤだったなら、うっかり殺していたかもしれないけれどね。」 恐ろしい台詞を切嗣は微笑みながら口にした。 その言葉に偽りが一切無いことをアーチャーは理解し、胸に深く刻み込んだ。 そして、士郎に無理強いをしなくて良かったと、心から思った。 「さて。シロウもそろそろ寝なさい。……あ、そうだ。あと一つだけ。」 切嗣はアーチャーを見て、少しだけ済まなさそうに苦笑して。 「僕みたいに二人の間で何がおこったのか気付いているわけじゃないけれど。  アイリもイリヤも、心の繋がりには気付いているよ。  それこそアイリは二人が生まれる前からね。」 爆弾を、落としていった。 「一応僕は止めたよ?でも、心が通じ合ったのだから、お祝いしなきゃってアイリが張り切っていた。  そういうことだから、明日の朝は覚悟していたほうがいいだろうね。」 あ、もう今日か。アイリもイリヤも凄いよね、などと暢気に言いながら、 切嗣は自分の寝室に向かい、歩いていった。 残されたアーチャーは、切嗣が口にしていった内容を整理し、 くしゃりと前髪をかきあげ、深く息を吐いた。 自分は問題ない。元々、知られた時はその時だと思っていた。 問題があるとすれば、士郎だ。 ようやく一線越えたばかり。それが家族皆に筒抜けだったことがわかれば……。 「……どう、宥めるか………。」 ぽつりと呟く。 夜明けが怖ろしかった。 翌朝。 簡潔に言うと、激しく混乱していたのは士郎ただ一人だった。 食卓に並ぶ、赤飯。 日本では定番の、祝い事があった時の食べ物。 「この日の為に、大河さんに教えてもらったのよ。  お祝いするならこれだって。ちゃんと美味しくできたと思うけど。」 にこにこと嬉しそうにアイリが言う。 「でも、お兄ちゃんたち二人だけでずるい。わたしのこと、のけ者にして…。」 不満を隠さず、拗ねたように言うイリヤの頭を切嗣は撫でて、 「イリヤは女の子だからね、駄目だよ。  でも、それとは別に、ちゃんと二人はイリヤのことを大切に想っているよ。」 そう言って、ね、と立ち尽くしている双子に問いかける。 ホント?と見つめてくるイリヤに、双子は間髪いれずに頷く。 兄の方は、どこか心ここにあらずで反射のようだったが。 「ほら、士郎、シロウ。二人とも早く座って。主役はあなたたちなんだから。」 アイリのこの言葉と。 「お兄ちゃん、良かったね!」 無邪気なイリヤの言葉が、止めだった。 士郎は顔を、耳まで赤くしながら、ふらふらと食卓につき、 それをアーチャーは気まずげに見守るだけだった。 食べたものの味なんて、覚えていない。 士郎は足取り重く、自室に向かった。 あれは、そういうこと、なんだろうか。 家族皆に、自分とアーチャーのことが、バレているだけでなく。 祝福、されて、いる。 血縁ということに、ぐるぐる悩んでいた自分っていったい、という思いと、 なんでバレたのかという思い、羞恥と混乱。 士郎の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていた。 そこに、 「士郎。」 呼びかける声。 振り向いた士郎の目に映る、双子の弟のシロウ―アーチャー。 大丈夫かと手を伸ばしてきたアーチャーを避けるように、一歩後退り。 「しばらく、触るの禁止。」 そう士郎は口にした。 「……何?」 訝しげにそう聞き返したアーチャーに、 「兄の気持ちは尊重するんだろ。男に二言は無いよな、シロウ。」 士郎は、反論は聞かないとばかりに、笑顔で宣言した。 その笑顔は、昨夜の切嗣と酷似しており。 士郎が本気で告げているのだと、アーチャーは理解し。 「………わかった。」 様々な想いを押し込めて、アーチャーはそれだけを、口にした。 三日後。 何事もなく、日々は過ぎていく。 普通だった。 家族での会話もあるし、兄弟間の会話もある。 ただ、アーチャーが士郎に一切触れない。 それは、二人をずっと見てきた切嗣とアイリ、イリヤにはすぐにそうと知れたが、 二人の問題だからと、特に口は出さなかった。 そして一週間。 状況は何も変わらず。 口を出さないと決めていたが、やはり、どうしても気になった結果―――。 「それじゃ、留守を頼んだよ、二人とも。」 「後はよろしくね。いってくるわ。」 「いってきます!お兄ちゃん。」 三者三様、二人に声をかけて、三人―切嗣、アイリ、イリヤは、郊外の森にある アインツベルンの別荘へと出かけていった。 それを玄関先で見送った士郎とアーチャーは、なんともいえない表情を浮かべていた。 これがお膳立てなのだと、流石に気付いた為だ。 アイリとイリヤは、人に限りなく近いが、人では無い存在で。 その体の調整の為には、郊外の森にある別荘の方が都合が良く。 いつもならば家族皆で向う所を、今回は士郎とアーチャーは留守番を言いつけられたのだった。 「……何か、食べるか。」 アーチャーは、そう士郎に問いかけると、返事も聞かず台所に向った。 その後ろ姿に士郎は、様々な感情が入り混じった視線を向けただけだった。 夜。 夕食も済み、先に風呂に入った士郎は、居間で何をするでもなく時間を持て余していた。 アーチャーは士郎と入れ替わりに風呂に入っている。 自分が言い出したことだ。だから終わらせるなら、 自分が言わなければならないことは、士郎も理解している。 思えば、生まれてから今まで、こんなにアーチャーと触れなかった期間は無かった。 それだけではなく。 あの日以来、アーチャーは一度も士郎と目を合わせなかった。 顔は向き合っていても視線だけが徹底して合わない。 それが、堪らなく不安になった。 傍にいるのに、遠い。 怒って、いるんだろうか、アーチャーは。 自分の勝手な言い分に。 「……そりゃ、怒るよな…。」 呟いて、士郎は膝を抱えて座り、くそ、とどうしようもない想いを小さく吐き出した。 今日、幾度目の溜息か。 アーチャーは、は、と息を吐き出し、目を閉じた。 湯船の中。濡れた髪をかきあげる。 いい加減、限界だった。 よりにもよって、そんな心境の時に二人きり。 これ以上、自分を抑えておける自信が、アーチャーには無かった。 士郎をやっと、この手で抱いて、それから一週間、触れていない。 気が、狂いそうだった。 目を見てしまえば、あの日の熱を、否が応でも思い出してしまうから、 一切視線を合わさないようにしていたが、それももう無理だ。 こんな気持ちを持て余していながらも、いまだに士郎の言葉に従っているのは、 自分でも不思議だったが、これはある種の血の縛りだと思っている。 双子として生を受け、士郎は自分の『兄』なのだと、 意識の生まれる前からその事実が、この身には深く、刻み込まれている。 もう一つだけ溜息をついて、アーチャーは湯船から立ち上がった。 居間に行くと、士郎が膝を抱えて座っていた。 顔は俯けている為、見えない。 「…兄さん?」 アーチャーがそう声をかけても、士郎は動かず。 眠っているのかと思い、手を伸ばし、肩に触れるぎりぎりの所で止めた。 逡巡するような間のあと。 「…だって、仕方、ないじゃないか。」 士郎が、消えそうな、小さな声で呟いた。 アーチャーは眉を寄せて士郎の様子を窺う。 士郎は続けて想いを吐き出す。 「みんなには、バレてるし。お前に触れられたら、あの事思い出して、どうにかなりそうだし……っ」 「…士郎。」 アーチャーが名を呼ぶ声に、勢いよく士郎は顔をあげた。 一週間ぶりに、視線が合う。 「だから触るなって言ったら、お前は平気そうだし。  俺と目も合わせないぐらい怒ってるなら、はっきりそう言えばいいだろ……!」 理不尽な怒りだとわかっていても、止まらなかった。 こんなのは、ただの八つ当たりだと、士郎は唇を噛み締める。 「…誰が、平気、だと。」 平坦で静かなアーチャーの声。 そこに含まれる意味に士郎は気付けず、逃げ出すように居間から外へ出ようと足を踏み出し――。 「っ!」 腕を、掴まれて。 「アーチャ……!!」 士郎の、アーチャーを呼ぶ声は、奪われた。 触れてしまえば、抑えなど、きかなかった。 ただでさえ、平気などと思われて、頭にきていたのだから。 もう、止まらなかった。 アーチャーと士郎の唇が、重なる。 「ぅ…っん、んんっ…ァ、っふ」 士郎の唇から漏れる、苦しげな声。 アーチャーは士郎の唇を貪った。 きつく吸い、歯を立て、口内に縮こまる士郎の舌に強引に自分の舌を絡める。 アーチャーの奪うような口付けに、士郎はただ、苦しげにアーチャーの背に縋った。 どれぐらいの時間だったのか。 酸欠で士郎の意識が朦朧としてきたころに、アーチャーはやっと士郎を解放した。 「っは、はぁっ、は、ぁ…、アー…チャー」 体に空気を取り込みながらアーチャーの名を呼んだ士郎を、アーチャーは強引に引き剥がして。 「先に部屋へ行っていろ。」 そう言い残して、居間を出て行った。 アーチャーがどこへ行ったのかはわからないが、このあと部屋で、何をするのか、されるのかを 理解した士郎は、顔を赤く染めながらもそのまま、アーチャーに言われた通りに自分の部屋に足を向けた。 それは、自分も望んでいたことだからと。 「っ、ァ…、も……ゃ、だ……っ」 涙混じりの掠れた声を出して、 士郎は自分の下肢に顔を埋めているアーチャーの頭に手をやって髪を力なく掻き混ぜた。 アーチャーは離れない。士郎の中心を口に含み、愛撫を与え続ける。 士郎は、アーチャーの口内にもう何度も白濁を吐き出していた。 吐き出す精は薄くなっていく。それでも与えられる快楽に従順に応えて士郎の中心は張り詰める。 アーチャーはそうして士郎の中心を弄りながら、そのさらに奥の後孔に指を一本含ませて、 解すようにゆるゆると蠢かせる。その指にはたっぷりと軟膏を塗りつけていた。 軟膏を用意する為に先程一度、アーチャーは士郎を解放したのだった。 士郎の内部で冷たかった軟膏は温くなり、ぐちゃぐちゃとアーチャーが指を動かすたびに音をたてる。 士郎の後孔は、一度目のあの日と比べれば柔らかくアーチャーの指を受け入れていた。 指を増やしても、小さく震えるだけで、士郎のそこはアーチャーの指を呑み込む。 今、士郎にとっては、指を入れられている感覚よりもずっと、中心に与えられる快楽の方が苦しかった。 ひっきりなしに口から甘い声が出ることも、堪らなくて。 そんな士郎を目にし、アーチャー自身もとっくに張り詰めていたが、出来るだけ長く、士郎を味わいたいという 思いの方が勝り、結果、まるで焦らすようにアーチャーは士郎の中心を貪り続ける。 嫌だ、と啼く士郎の声が、躊躇いながらも、アーチャーを求めるものに、変わる。 融けた目で、涙を目尻に溜めて。 「あー、ちゃ…ぁ、も……っ」 いれて、くれと。聞き取れないような小さな声で士郎がアーチャーに懇願する。 アーチャー自身に余裕など、もうとっくに欠片も無い。 最後にと士郎の震える熱の先端に、ちゅ、と口付けを落として。 肩に士郎の脚を担ぎ上げて、晒された後孔に張り詰めた自身の熱をあてがう。 そしてアーチャーは、ゆっくりと、その熱を士郎のなかへと、埋めていった。 「――――ぁ………っ、ァ………!」 埋め込まれる熱に、士郎は声にならない声をあげて。 じりじりと、なかを灼く熱に、神経まで侵されそうだと。 士郎は体を進めてくるアーチャーにしがみつく。 結合が、深くなる。 「……ぁ、は……っ、ァぁ…」 痛みは無く。あるのは強すぎる快楽だけ。 士郎は途切れ途切れに切ない喘ぎ声をあげる。 アーチャーは時折、士郎の唇を喘ぎごと奪いながら、その体を味わうように揺さぶった。 お互いに、お互いのなかへ、沈んでいく。 相手の熱に溺れる。 アーチャーは何度も、確かめるように士郎の名を呼んだ。 それに応えるように、士郎もアーチャーと呼ぶ。 一週間前の、初めての夜よりも、深く長い、交わりだった。 情事後の気だるさを抱えながら、二人寄り添って体を横たえる。 「…平気じゃ、なかったのは、痛いほどわかった。でも、やりすぎだ。」 掠れた声で小さく抗議した士郎に、アーチャーは、む、と怯んだ。 反論はせず、それを受け止める。 ただ、士郎の体を抱き寄せて、髪に顔を埋めた。 アーチャーの胸に抱きこまれた士郎は、その触れる熱が心地よくて目を細めて。 「…傍にいるのに、離れているみたいで……。  自分が言い出したことだったけど、あんなのはもう、嫌だし。  ……だから、いい。」 そんな呟きを落とした。 それは士郎の心からの本心で。 アーチャーは息を呑んで、 「あまり、煽らないでくれ。兄さん。」 心底困った声で、口元に笑みを浮かべて言った。 「…アーチャー…頼むから、今、そう呼ぶのは止めろ。…わざと言ってるだろ。」 「なんだ。まだ気になるのか。」 「気になるっていうか……複雑なんだよ、色々。」 お互い笑い混じりにそんな会話をして。 「あ、でも。こういうことするのは、家では禁止だ。」 きっぱりと士郎はアーチャーに告げた。 「…オレに、狂えと?」 アーチャーが士郎の顔を覗きこみ、真顔で言ってくる。 「…家でなければ、いい。それぐらいは譲歩する。俺だって……したくないわけじゃ、ない。」 最後の方はぼそぼそと、だがはっきりと士郎も自分の気持ちを伝える。 確かに、家族皆に知られている以上、難しいかもしれないが。 アーチャーとしては、今更という気がしないでもない。 今までも散々、土蔵で触れ合ってきているのだから。 単純に気持ちの問題かとアーチャーは士郎の提案を受け入れることにする。 「…ホテルにでも、いくか。」 「あからさますぎだ、馬鹿。」 冗談ではなく言ったアーチャーに、間髪いれずにつっこむ士郎。 そうやって、他愛ないことを話しながら二人は眠りについた。 三人が戻ってきて、三人の反応にまた士郎が顔を真っ赤にしたのは、言うまでもない話。 9999キリリク。弓士。 8989キリリクの翌日、とのことで。 微妙に提供していただいた設定とのずれがあるかとは思いますが、 なんといいますか、自分のなかでこんな感じにイメージが固まってしまいまして…。 補足説明を。 切嗣は娘溺愛。双子にも勿論愛情たっぷりですが男なので基本放任。 二人の関係は全部察してます。弓の無理強いだった場合は、まぁお仕置きがあったかと。 アイリとイリヤは、さすがにそっちの関係まではわからないってことで…。 精神的な繋がりだけ、切嗣よりも理解してる、とか。 当サイトの中ではこれでもか!というほど甘い弓士になっているかと思います。 何せ、生まれる前にくっついてる二人ですから…。 あと弓ですが。待てをくらった犬ですね、まるで(え) 飼い主の命令には忠実で、餌を前にしてもちゃんと待ってるんです。 でも餌を目にしていると我慢できなくなるので、餌を視界にいれないように目線そらし。 そんなわんこ。…弓、年齢が若い為、結構余裕もないんです。へたれっぽいな。やることはやりますが。 士郎は士郎で弓が変に自分の言うことに忠実なんで、勢いで言ってしまったことを後悔すること多々。 絶対に自分から訂正しないといけないし。妙なパワーバランスの双子ですね。 こんなものになりましたが、少しでも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。 9999リクエスト、ありがとうございました!!