2月2日/アーチャー





夜を背に立つ獣のような男が、凛に声をかけ、私にも言葉を投げかける。 相手が自身と同じ存在であることを理解する。 そして、その男が具現化させた赤槍。 それを目にした瞬間、総身に震えが走った。 畏れでは無い。 それはどこか、高揚にも似ていて。 既にヒトでは無いこの身体。 ヒトであった頃の記憶なぞ磨耗している。 それでもなお、身体の奥深くに根付いた、死の痛み。 それはしっかりと焼き付いている。 鮮明に。 仮初の心の臓がずきりと痛む。 目の前に、オレを殺した男が立っている。 あの時は一方的だった。 殺す側と殺される側。 加害者と被害者。 だが、今は違う。 今は、同じ位置に立っている。 向き合っている。 ああ、英霊なぞになって、こんな気分を味わえる時がくるとは、思いもしなかった。 凛がその男の一撃をかわし、躊躇せずフェンスを飛び越え屋上から飛び降りる。 その僅かな間に、記録は記憶として自身の中に満ちた。 凛の着地を助け、走り出し、その目前に青い槍兵の姿を認め。 凛が私の名を呼び、私は彼女の前に出て実体化する。 すでに手には一振りの短剣。 槍兵が軽口を叩きながら、槍を構える。 相手の誰何の声には無言。 挑発に対しても、流す。 ただ、マスターである凛の声を待つ。 心が逸ろうとも、これはあくまでも彼女の為の闘いでなければならない。 今、自分はそういう役割で、ここに現界しているのだから。 そうして凛が、実に彼女らしい言葉で、命じてきた。 私の力を見せろと。 低く笑みが零れた。 それが、答えだ。 地を蹴り、疾走する。 突き出された槍の一撃を受け流す。 身体が反応できる。 歓喜にも似た感情が、身を満たすことを、ただ受け入れ。 今はこの男、ランサーの攻撃を凌ぐことだけに、集中した。 その後、目撃者が現れ、ランサーがそれを消す為に動いた時になってようやく。 コレが衛宮士郎が殺された、 そして、聖杯戦争に巻き込まれたその日なのだと、わかったのだった。 20080202 弓にとって、槍との出会いも運命的だったなぁとか思って。  

2月3日/アーチャー





先の一室の惨状を後にして、ビルの屋上に出る。 いくつか言葉を交わした後、こちらの皮肉を受け流し、凛は思考に沈んだ。 おそらくはバーサーカー戦で見せた私の手の内の一つについて、考えているのだろう。 あれを唯一の、私の宝具だと思うならば、混乱も当然か。 ―――宝具を使い棄てる英雄など。 彼女は知らないだけだ。アレは厳密にいうならば宝具などでは無い。 ただの、紛い物なのだから。 幾度目かの呼びかけに、凛がようやく反応を返す。 大事をとって戻らないかと促せば。 彼女は先程の戦闘を思い出したのか、ぎりと拳を握る様子が見てとれた。 本当に、遠坂凛という少女は。 魔術師でありながらも、真っ当だった。 第三者を巻き込むマスターに対し、本気で憤っている。 吐き気を堪える為か、噛み切って血を滲ませる唇が痛々しい。 かつては、自身にもこういった思いがあった。 よぎる記録――記憶を振り切る。 馬鹿馬鹿しい。 ヒトであったころなど、もう意味は無い。 長いようで短い空白の後。 彼女が選んだのは、敵を追うという選択。 よほど腹に据えかねているのか。 キャスターよりも倒しやすい相手、衛宮士郎とセイバーのことを口にすれば、 凛は今は大人しくしているから見逃しているだけだという。 試すように訊ねる。 もし、間抜けにもマスターとしての自覚をせずに、 凛の前に現われでもした時にはどうするのか。 凛ははっきりと、殺す、と答えた。 その言葉に嘘は無く。 ただ、どこか自身に言い聞かせるようでもあって。 彼女に衛宮士郎を殺すことなど、出来ないだろうと思う。 魔術師にしては、人間的すぎるのだ、遠坂凛は。 だが、だからこそ。 そんな彼女を自分は――――。 思考を切る。 彼女が衛宮士郎を殺せずとも問題は無い。 時間が経つごとに、少しずつはっきりとしていく自身の望み。 それは、自分のこの手で、あの男を殺すこと。 それだけが、聖杯に願うものでは無い、 オレの持つ唯一、なのだから。 20080203 当然のようにUBW。弓の心情の妄想がメインになりそうです。  

2月4日/アーチャー





衛宮士郎は、凛の前にセイバーも連れず、丸腰で現れた。 予測通りに。 衛宮士郎という男は、そういう人間だ。 その事実が、今はただ不快だった。 凛に先に帰れと命じられる。 衛宮士郎はマスターである自分が、正面から向き合い、倒すと。 マスターの命に逆らうわけにはいかない。 結果はどうであれ、凛が衛宮士郎に対し、 敵対する意思を持っているならば問題は無い。 そう結論づけて、私はそれに従った。 そして、夕刻。 何があったものか、凛は、右腕に傷を負った衛宮士郎を連れて戻ってきた。 会話から察するに、第三者の介入があったようだ。 新たなサーヴァント。 学校に結界を張ったマスターとの関連性が強い。 そんな会話の中。 凛は衛宮士郎に対し、休戦を持ちかけた。 予感はあった。 だが、こんなにも早く、と思わざるをえない。 衛宮士郎を殺す機会はこれで先延ばしになる。 軽い苛立ちが生まれた。 二人の会話は続く。 衛宮士郎が、衛宮切嗣の話をする。 聞きたくもない会話を耳にする。 ――衛宮切嗣。 呪いの言葉を残した張本人。 苦い感情が渦巻く。 時は、緩やかに過ぎていった。 衛宮士郎の帰宅。 凛にこの男の護衛を命じられる。 私の思惑など知る由も無く。 凛の言葉に私は実体化した。 奴は、私を目にし、その瞳に嫌悪を宿した。 それに安堵を覚える。 ――そう、オレ達の間には、反発しか生まれないだろう。 私も同様の感情を、衛宮士郎に返してやった。 凛が改めて忠告を寄越してくる。 それに私はとりあえず頷いて見せた。 そして再び霊体化した。 帰路。 歩く衛宮士郎の背後。 隠すこともせずに私は敵意を向け続けた。 そして衛宮邸に近づいた所で、初めて私に対し、衛宮士郎は声を投げかけてきた。 このあたりでいい、と。 その言葉を受けて、今日の所はそのまま立ち去ろうとした時。 意外なことに、奴は私を引き止めてきた。 何か言いたい事があるのではないかと。 不思議なことに、その言葉に付き合ってみる気がおきて、 私は敵意を向けたまま、実体化した。 見直したと皮肉を込めて語りかける。 気圧されまいと私を睨みながら、奴は答えてくる。 自身を魔術師だと言う衛宮士郎に、蔑みの笑みが零れた。 かつて切嗣が言っていた魔術師の定義を口にすれば、奴は驚きの声を上げる。 重ねて言ってやる。 衛宮士郎は魔術師にもマスターにも向かない。 凛とは違うと。 何故、私はこんな話をしているのか、自分でもよく、分からなかった。 殺すべき対象に、忠告めいたことを……。 話は進む。 内容はサーヴァントという存在のことになる。 衛宮士郎はサーヴァントに対しても、人間と変わらぬ認識を抱いている。 だから言ってやる。 サーヴァントなぞ所詮は道具だと。 衛宮士郎は反論はしなかった。 自身はそう思えずとも、事実は理解しているのだろう。 話を戻す。私を呼び止めた真意を訊く。 すると奴は言葉に詰まった。 要するに、ただ私が気にくわなかっただけかと察した。 衛宮士郎はとってつけたような質問を寄越してきた。 私も聖杯を求めているのかと。 ―答える義理は無い、筈だが。 私はそのまま、答えていた。 聖杯。そう、そんなモノで私の望みは叶えられない。 その答えを聞き、衛宮士郎は食って掛かってくる。 成る程、サーヴァントが自らの意思で呼び出しに応じているのだと、 勘違いしているのならば、驚愕も当然かと、可笑しく思い、私は口元を歪めた。 いや、或いは他のサーヴァントには、ある程度自由意思があるのかもしれない。 私にだけ、それが無いのかもしれない。 英霊の基準は、私には本当の意味では測れない。 私は正規の英霊では無いのだから。 だが、気付けば私は、自身を基準にして、英霊という存在を語っていた。 相手が衛宮士郎であったからかもしれない。 溜まった鬱屈を吐き出すように。 意思の無い道具、という私の言葉に衛宮士郎は反論してきた。 セイバーと私を見て、意思はあるのだと。 現界してからの選択肢はあるのではないかと。 その言葉には肯定を返してやる。 サーヴァントである限りは、英霊ではなく、本体そのものであり、 そこには人間性も、執念も、無念もあるのだと。 だからこそ今、私は、衛宮士郎を前にして、願い続けた思いを宿している。 衛宮士郎は私の言葉に、なおも疑問を抱いたらしい。 何故、私が聖杯を求めないのかと。 私は答えた。 叶えられない願いなどなかった、と。 望みを叶えて死んだ。だからこそ、聖杯などいらない。 二度目の生にも興味は無い。 セイバーも同じだろう、と言えば、衛宮士郎は否定した。 そして、私のように目的などなくサーヴァントをやっている訳では無い、と。 私の、目的。 意図せず言葉が零れた。 目的は、ある。 だが、今は悟られるわけにはいかない。 目を閉じ、会話を切り上げる。 そして最後に。 ―英霊、守護者とは奴隷なのだと。 ―その事を、セイバーのマスターであるのなら、決して忘れるなと。 そう言い残して。 衛宮士郎の前から私は立ち去った。 最後の言葉は、或いは、自分の無念、なのかもしれない。 オレには彼女を救うことが出来なかった。 だから彼女は今もなお、サーヴァントとして存在している。 凛の元へと戻る。 我ながら喋りすぎた。 そして、言葉にすればするほどに、過去が蘇る。 磨耗した記憶。それでもなお残るものが、次々と。 衛宮士郎への敵意も増していく。 狂おしい程の望み。 私は、それを叶える為ならば、きっと彼女を裏切ることすら厭わないだろう。 自嘲の笑みが零れる。 自分はそこまで、歪んでしまったのだと。 夜を駆ける。 この機会を逃しはしない。 必ず叶える。 願うは、自己の、消滅。 その為に――衛宮士郎を、殺す。 20080205 この時のアーチャー、本当によく喋ってるよなぁと。 あと、セイバーのこと気にかけてるよな、とか。 自分が呪った衛宮士郎であるのか、確認してる感じが。 それと、心底セイバーの為を思って闘う衛宮士郎なら、 アーチャーは見逃したような気がしたり。それがFルートなのかなと。  

2月5日/アーチャー





夜。 一人出歩く衛宮士郎の姿を目にし、後を追った。 セイバーの姿も無い。 場合によっては奴を殺す絶好の機会だと。 そうして辿り着いた柳洞寺。 衛宮士郎の危機を、私は救った。 衛宮士郎は自分の手で殺さなければ、意味など無い。 勝手に死なれては困る。 理由はただそれだけのこと。 予期せぬキャスターとの一戦を経て。 衛宮士郎といくつか言葉を交わす。 衛宮士郎の言葉は、吐き気がするほどにそのままの、 オレが呪ってやまない衛宮士郎だった。 そして、衛宮士郎の口から、決定的な言葉を聞く。 おまえなんかとは組まない。おまえなんて、絶対に認めない……! それはつまり。 始めから信じたものは凛だけであったということ。 信じてもいない私に対し、無防備に背中を晒す。 溢れそうになる殺意を抑え、油断を誘う為の言葉を投げかけ、そして。 ――剣を、振り下ろした。 手を抜いたつもりは無く。 だが事実、初撃で奴を殺すことはできなかった。 二撃目。陰剣莫耶を袈裟に振り落とす。 白の軌跡は、自ら宙へと躍り出た衛宮士郎の身体には届かず。 三撃目は、アサシンによって阻まれた。 何が気に食わなかったのか、一度は見逃した私に、今は敵意を向けてくる。 冷静に考えれば。ここでアサシンと闘う意味など無かった。 一撃で倒せぬならば、その間にセイバーは衛宮士郎を連れ、逃れることができるのだから。 一撃で斬り伏せることができるなどと、驕ってはいなかった。 ならば単純に、冷静ではなかっただけ。 初撃のみとはいえ、衛宮士郎を斬ったその感覚に、オレは高揚していたのだろう。 幾度、アサシンと剣を合わせたのか。 頭が冷えた時には既にセイバーと衛宮士郎の姿は無く。 唐突に戦意は絶えた。 後ろに、境内の中へと退き間合いをとる。 アサシンは動かない。ただ、静かにこちらを見やるだけ。 「どうした。逃げ帰るか?」 挑発の響きを帯びたアサシンの問いかけに。 「これ以上は無意味だ。いや、そもそも。始めから意味など無かったか。」 私はそう呟きを返した。 キャスターとの戦闘で魔力も残り僅か。 そして、結果的に連戦になり、無傷というわけでもない。 さてどうするかと思案しかけた所で。 「それは残念だ。」 アサシンは感情も込めずにそう言うと、あっさり姿を消した。 気分屋、というものかもしれない。 私に対する興味が失せたのか、或いは多少、気晴らしができたのか。 どうやら門を潜り立ち去ることを許されたらしい。 ふ、と溜息に似た呼気を漏らす。 このまま留まっていても仕方が無いと、私は燻る思いを抱えながら、地を蹴った。 凛の元に帰還する。 待っていたのは詰問。 何をしてきたのかと訊かれる。 こちらの状態は把握されている。隠す意味は無いと判断し、全てを凛に報告した。 結果、令呪の縛りがもうひとつ、増えた。 危惧した通りに。 『協力関係にある限り、衛宮士郎を襲うな』と。 自由行動も制限されるだろう。 絶好の機会を逃したばかりか、私を取り巻く状況は最悪のものになった。 だがそれは、殺し損ねた自身の落ち度だ。受け入れるしかない。 凛には、衛宮士郎に剣を向けた理由も問われたが、当たり障りの無い回答を返しておいた。 それは嘘というわけではない。真実、というわけでもないが。 失った魔力を効率良く回復させる為、工房の魔方陣に待機を命じられる。 ついでに、明日、学校へはついてくるなとも。 そうして独りになり。 魔方陣の内部で、目を閉じた。 …もう、このまま凛のサーヴァントでいるかぎりは、衛宮士郎を殺すことは難しいだろう。 凛が衛宮士郎と敵対することも、おそらく無い。 それは予感だった。 ならば、この身にある令呪による縛りを消す為にも、凛とは契約を解除するしかない。 問題は、それをいつ実行するか。 ああ、本当に。 私は衛宮士郎を殺すこと以外はどうでも良いのだなと、可笑しく思う。 凛に勝ち残ってほしいという願いは、本心のものだ。 ただ、その隣に立つのは、私では無い方が良い。 今の私にその資格は無い。 当初の凛の願い通りにセイバーと契約してくれればと思う。 手段は現段階では浮かばないが。 傷付くだろうか、彼女は。 いや、そう考えることさえ、今のオレには赦されない。 何故、目的を可能とする機会が訪れたというのに、 よりにもよってオレは彼女のサーヴァントなのだろう。 考えても仕方のないことだと、分かってはいるが、呪わずにはいられない。 自身の存在と、世界の在りようを。 魔力を回復させる為、私は意識を白く塗り潰した。 そうして、また一日が、終わる。 20080209 士郎を殺し損ねたことは、悔いたと思う。 ここでアーチャーは、凛を裏切る決意を固めたんじゃないかなとか。 令呪の縛りがきつくなったから、なおのこと。 なんていうか、士郎を殺すことだけを考えて、 他の感情は必死に横にやってる気がする。  

2月6日/アーチャー





帰宅してすぐに、駆け付けるのが遅れたことを、改めて凛に追求される。 それを私は適当に流した。 話すわけにもいかない。 マスターである凛の異変を感じた瞬間。 確かに私はすぐに行動を移すことができなかった。 理由は唯一つ。 そこには衛宮士郎もいるからだ。 奴を目にすれば、感情は乱れるだろう。 手を出すことができない苛立ちもあるだろう。 気が乗らなかった。 それでも無視することはできず、学校へと向かえば。 事は全て終わっていた。 セイバーもいる。 衛宮士郎が喚んだのだろう。 衛宮士郎は、私を目にしても、常とさほど変わらなかった。 私が令呪で縛られていることを凛から聞いたか。 それにしても、あまりにも普通で、衛宮士郎の歪さを思い知る。 自身が殺されかけたことに対して、重要視していない。そればかりか。 気付いていた。 この男が、私に対し、憎み、毛嫌いしながらも、 羨望のこもった視線を、時折向けてくることに。 当然といえば当然であり。 馬鹿な男だと思う。 今の私を見て、それでもなお、憧れるなど正気の沙汰では無い。 間違いなく、これはオレになる。 そう思うと、苛立ちは抑えきれず。 脱落したサーヴァントを罵倒すれば、セイバーがそれを咎めてきた。 英雄論。 眩しいほどに真っ直ぐな性根のセイバー。 その存在を、貴いと思うと同時に憎らしくも思う。 だから、つい。否定したくなった。 セイバーの言うような英雄ばかりでは無い、 セイバーのような英雄が稀なのだ。 英雄などろくなモノでは無い。 この、オレのように。 否定すれば否定するほどに、セイバーも譲らないとばかりに反論する。 ――その、些細なやりとりが、少しばかり楽しく思えて。 興が乗ってしまった。 凛にはしっかりと、咎められたが。 こうして、遥か過去に関わったヒトと接するうちに、 磨耗した記憶が、どんどん蘇ってくる。 断片的なそれを、懐かしいと思うよりも、今は邪魔だった。 人間らしさなど必要無い。意味も無い。 早くと気ばかりが急く。 あとどれだけ、この偽りの生が続くのか。 衛宮士郎を斬った、あの感覚を思い起こす。 そうだ、もう、それだけでいいのにと、目を固く閉じた。 20080209 衛宮士郎のことしか考えていないアーチャー。 あ、セイバーとのやりとりは、きっと捻くれた彼なりに楽しかったんだと思ったり。  

2月7日/アーチャー





キャスターのマスター探しに進展は特に無かったようだ。 魔力は十分に回復している。 戦闘に支障は無い。 だが、凛は私に待機を命じた。 あからさまな不信ではないのだろうが、 令呪で命じたとはいえ、やはり不安はあるのだろう。 自由行動は禁じられている。 無駄と分かりつつも提案する。 衛宮士郎との協定は無意味だから、切れと。 これは、勿論、自身の都合もあるが、凛の為でもある。 凛は衛宮士郎が傍にいることで、甘くなる。 それでは、この先危うい。 あとは、そう。僅かな望み。 凛が衛宮士郎と敵対してくれさえすれば、 裏切ることはせずに済むのだという、身勝手な思い。 ―凛の答えは、決まっていた。 衛宮士郎との協定は続ける。 その決意は揺らがない。 厄介なものだ、全く。 そんな凛が、最近妙な素振りを見せることがある。 私に悟られまいとしているのだろうが。 ほんの僅かな変化。 それに私は気付いていた。 何か、もの問いたげな視線。 マスターとサーヴァントは繋がっている。 ならば思い当たることは一つ。 私の記憶が、記録が、凛に流れている可能性。 決定的なものは、まだ知られていないようだが。 ……拙い。 私がアレのなれの果てなのだと知られると、色々やり辛くなる。 それでも今は。 時の流れに、身を委ねる以外、道は無かった。 20080210 アーチャー放置。 きっと独りでもんもんと考え事してることが多かっただろうなと思ったり。  

2月8日/アーチャー





キャスターのマスターと思しき相手に、今夜仕掛ける。 そう凛に告げられ、その上で。 凛は私に自宅待機を命じた。 おそらく今朝の問答が原因か。 協定者を選ぶならば、衛宮士郎よりもキャスターのマスターの方が賢い、と。 そう告げたことに後悔は無い。 それは私の本心なのだから。 だが、その事が凛には許せなかったのだろう。 凛の家の屋根に立つ。 千里眼のスキルを使い、視る。 始まる戦闘。 劣勢。 セイバーが吹き飛ばされ、凛が封じられ、そして―――。 衛宮士郎は創り出した。 投影。 干将莫耶――私が好み、使う双剣。 だがそれは、幾度か敵の攻撃を受けた後、形を無くす。 無理もない。 今の衛宮士郎には、投影魔術の行使など、奇跡に近い。 そして、そこで戦闘は終わった。 セイバーが立ち上がり、敵は退いた。 一部始終を見届け、屋根から降りる。 今夜、衛宮士郎の体は悲鳴を上げることだろう。 自身にも覚えのあることだ。 激痛の後に訪れる、麻痺。 さて、自身にそれが訪れたのは、果たして今と同じ時期だっただろうか。 自分の存在が、衛宮士郎にも何らかの影響を与えていることは間違いないだろう。 過ぎる、何か。 その正体は掴めない。 何故、殺すだけの相手、衛宮士郎のことが、こんなにも気になるのか。 自身の感情が、見えなかった。 20080210 アーチャー放置2。 ほんと、ほったらかしというか。面白くないだろうな…。 なので、こっそり視てたんじゃないかなとか思ったり。  

2月9日/アーチャー





…凛に、衛宮士郎の家に泊まるからと宿泊道具一式を持ってくるよう命じられた。 これが、数日ぶりに与えられた命令とは、情けない。 慣れたと思っていたが、やはり目眩がする。 凛はおそらくサーヴァントを使い勝手のいい使い魔などと同一視している。 凛が衛宮邸に泊まる以上、私もここに待機する事にした。 特にそれに関して、凛からの指示は無かった。 日付が替わろうとする時刻。 衛宮士郎は土蔵で鍛錬をしている。 見れば、思った通り半身が麻痺しているようだ。 黙っていることもできた。――が。 気付けば私は、衛宮士郎の元へと足を運んでいた。 奴の傍にはセイバーもいた。 声をかければ、あからさまに警戒する二人。 それも当然。 構わず私は足を土蔵に踏み入れる。 制止し、敵意を殺気に変えかけるセイバーを止めたのは、衛宮士郎だった。 私の前に立つ。 嫌悪を込めながら、用件は何だと訊いてくる。 私は正確に、衛宮士郎の体の状態を言い当ててやる。 奴は息を呑む。 どうやら本当に、かつての私と同じ状態のようだ。 ――気紛れだ。それ以外の理由は無い。 拒否してきた時は、それ以上は口出しすまいと、 体を見せてみろと告げて、衛宮士郎に腕を伸ばした。 緊張するセイバーを制し、衛宮士郎は上着を脱ぎ、私に背中を晒した。 今だけは、殺意を抑える。 素肌に手のひらをあてて、状態を診る。 壊死しているわけではなく、閉じていたモノが開いただけ。 ついでに衛宮士郎の異端性、 通常の神経そのものが魔術回路になっている事実も教えてやる。 麻痺は一時的なものであり、いずれ通常の機能を思い出す。 そこまで告げて、応急処置を施してやった。 最後に忠告もしてやる。 明日一日は魔術は使うなと。 治りかけた神経が焼き付けば、麻痺ではすまないと。 すべき事が終わり、立ち去ろうとした私に、衛宮士郎が呼びかけてくる。 疑問が渦巻いているのだろう。 自分を殺そうとしながら、今は手助けをする私に対し。 わざと、前の続きをするつもりかと応えてやれば、 否定し、ただ私が以前、奴に言い捨てた言葉の真意を問うてくる。 真意も何もない、言葉通りだと言えば。 私が戦う意義を訊いてくる。 理想が無いのならば、何のために戦うのだと。 答えは一つ。 己の為のみ。 口にしながら思う。 この結論に至るのが、私は遅すぎた。 取り返しのつかない状態になって、やっとわかるなど。 間抜けにも程がある。 そして言ってやる。 今、最も奴が恐れているだろうこと。 他人を救いたいという欲望が、真実、自分自身の欲望ならば、好きにすればいいと。 この言葉は、確実に衛宮士郎の傷を抉る。 わかりきったこと。 当の自分自身の過去そのものであるならば、 衛宮士郎の理想など、ただの空想。 私の言葉は、セイバーをも貫いたようだ。 似ている、といえば似ていた。 衛宮士郎とセイバーは。 思っていたよりも、言葉は次々と口から零れた。 これは何なのか。 こんなことを話して、何の意味があると。 オレは、できることならば、叶うならば、 自身と同じ道を辿ってくれるなとでも思っているのだろうか。 他でもない、殺したいと渇望する、衛宮士郎相手に。 自分自身を、救えと。 言葉は、無かった。 衛宮士郎も、セイバーも。 無言。 それに背を向け、私は立ち去った。 投げかけた言葉も、無駄になるだろうという予感を、胸に抱いて。 20080210 本当に、何を思ってアーチャーはこんなに色々と話しているんだろう、 などと不思議に思いながら。 ただ殺すだけの相手に話すことじゃないと思うし。 で、こんな妄想。 自分とは違う衛宮士郎の道を、見てみたいのかなーとか。 そこに意味などなくても。  

2月10日/アーチャー





待機を命じられることには、もう慣れた。 だから、待機していた。 そして、全て、見ていた。 衛宮邸で起こった、全てを。 人質にされた■■■■。 令呪を使い果たし、マスターでなくなった衛宮士郎。 キャスターに奪われたセイバー。 その、宝具。 凛を庇い、傷を負った衛宮士郎。 凛が戻ってくる。 衛宮士郎と■■■■を連れて。 部屋に入ってきた途端、意識を失ったのか。 衛宮士郎は崩れ落ち、私は凛に呼ばれた。 衛宮士郎と■■■■の手当てを済ませた後。 凛と会話を交わした。 それは随分久しぶりのように感じた。 話の内容は取り留めのない事。 その中で、試すように凛が、訊いてきた。 私がどこの、英雄なのかと。 勿論、真実は告げなかった。 凛の様子から、もう自分の正体を知られているのだと、分かった。 それでもまだ、話すわけにはいかない。 そして、衛宮士郎との契約の件を持ち出す。 答えは、予測通りのもの。 二つ目の令呪の縛りは解除されぬまま。 仕方が無い。 それが、遠坂凛という少女なのだから。 衛宮士郎は降りない。 アレはそういう人間だ。 ならばもう――――私のとるべき道は、決まった。 キャスターの宝具。あれは使える。 投影し、自らに突き立てることも可能だったが、それでは足りない。 最悪なまでの裏切りを、突きつけることになるだろう。 他でもない、この少女に。 数刻後。 衛宮士郎は、凛を追ってきた。 そうだな、そうでなくては困る。 凛の拒絶の言葉も無駄だろう。 それは自分自身が、嫌という程に理解している。 だが、今はそれでいい。 自分と同じであるのならば、私の願いにも意味はある。 ―――本当は。意味など無いのかもしれないと。 そうどこかで感じながらも。 こんな機会はどれだけ低い確率かと。 そう思えば、退くことなど出来るものかと。 長く、永く繰り返された、無意味な刻。 どれだけ、この刻を待ち望んだか。 躊躇わない。 オレに残されたモノは、もう、これだけなのだから。 そうして、自分自身を、欺く。 たったひとつの望みを、叶える為に。 20080212 アーチャー放置3。 …こんなに自宅待機ばっかり命じられていたら、 そりゃあアーチャーも拗ねるよ、裏切るのも無理ないんじゃないか、 などと擁護したくなりました。不憫すぎる……! アーチャーもまぁ危険発言とか士郎殺しかけたりとか色々やったけどさ。 仕方ないんだろうけどね! 覗き見とかしてないとしたら、凛の家の掃除とかやっていたんだろうか、暇で。 隅々までぴっかぴかに。…不憫すぎる(二回目) 翌日からはアーチャーの暴走が始まりますね。憂さ晴らしと言わんばかりに(笑)  

2月11日/アーチャー





教会へと踏み込む前に、確認するように凛に問われた。 自分のやってきた事を、後悔した事があるか。 最後まで自分が正しいと、信じることができるか。 この調子では、あらかた私の記録は凛に流れたのだなと、苦く思う。 凛は、私に気付かれまいとしているようだが。 ――思考が、冷める。 だから私は答えた。 無意味だと。私の最期は、とうの昔に終わっている、と。 そうだな。 私は、後悔もせず、信じ、そうして歩み続けて、死んだ。 その途中で一度でも、立ち止まっていれば、 また何かが違ったのかもしれない。 後戻りなぞ不可能な場所に至って……。 後悔などという言葉では、足りない。 だからこそ、今の私はこうして―――――。 誰よりも早く、衛宮士郎の侵入に私は気付いた。 こちらの様子を息を潜めて窺っている。 …こちらの思惑通りに、衛宮士郎は現れた。 ならば。 キャスターと凛の会話に割って入る。 私の起こすべき行動は既に決まっている。 その前に。 衛宮士郎に向けて、――笑ってやった。 挑発するように。 奴の表情が歪む。 思い知ればいい。 おまえの思い描く英雄なぞ、この程度の存在だと。 絶望するがいい。 胸に、契約破りの短刀が突き立てられた。 受けていた凛の令呪の縛りが消失する。 代わりに、キャスターとの新たな繋がり。 まずは、一つ。 目的を達成し、知らず口元が弛む。 この後は、凛と衛宮士郎にかかってくる。 ―キャスターは、始末する必要がある。 この行動は衛宮士郎を殺す為だけのものではない。 どう転ぶかは見えないが。 凛ならば、何か方法を携え、再びキャスターの前に立つだろう。 凛が退却する為、階段に走り、 それを葛木が追い、 衛宮士郎が介入し、葛木の蛇を、止めた。 上出来だ。 その後、何かをつかんだのか、衛宮士郎は干将莫耶を再び投影した。 衛宮士郎にも私の一部が流れているのかもしれない。 そこまでだ。 予め用意していた言葉を、私はキャスターに告げた。 凛と衛宮士郎を見逃せと。 それは聞き入れられた。 キャスターは二人を見逃した。 魔女の気紛れだろうが、これで予定通り。 階段に足をかけた凛が振り返り、私を見た。 恨むのなら筋違いだと言ってやれば。 実に凛らしい勝気な言葉が返ってきて。 たとえ強がっているだけなのだとしても、 強がれるのならば問題は無いと。 そうして、凛と共に歩んだ道を、私は外れた。 ここからは、自分ただ独りの道を、行く為に。 20080213 こういう行動を平然と出来るのだと、そんな風にみせることが できるようになるほどに、摩耗してしまったんだなと思うと。 色々切ない。 あの衛宮士郎が、と考えるとなおさら。  

2月12日/アーチャー





キャスターに命じられたものの、 見張りという役割に少なくとも今は意味など無く。 退屈だったのでキャスターの様子を見に行くことにした。 地下にいるキャスターは、どこか夢現で、 こちらが声をかけるまで、気付きもしなかった。 勘だが。 キャスターはマスターである葛木に、何らかの感情を抱いているようだ。 希代の魔女も案外脆いものだと、思ったまま口に出せば。 キャスターは驚愕し、振り向いてきた。 そして僅かながら、会話する。 キャスターは私が寝返った理由を、私が告げたそのままに受け取っていた。 なんとなく、気が向いたので。 単純にマスターと契約を切りたかっただけなのだと言えば。 マスターに対し不満を抱いたから、愛想を尽かしたのかと納得するように言う。 それを、私は否定した。 凛から見れば、裏切り以外のなにものでもないだろうが。 私は単に、この身に受けた令呪の縛りを消す必要があり、 その為の手段が最終的に、この方法しか残されていなかっただけの話で。 まぁ今更、彼女に取り繕うつもりもないが。 私が何を思おうとも、凛が感じたことが、彼女の真実になるのだから。 その後、英霊や聖杯の話になったが。 要はただの暇つぶしにすぎない。 そのうちにキャスターは再度、私に見張りを命じ、 私はおとなしく、それに従った。 教会の屋根に上がる。 セイバーが陥落するまで、あと一日。 だが、それはキャスターの気分次第。 キャスターの性癖のおかげで、時間が与えられているといってもいい。 皮肉な話だ。 何にせよ、凛と衛宮士郎は、明日には教会へやってくるだろう。 策が無くとも、逃げるという選択だけはしない。 凛も、衛宮士郎も。 可能性としては、残ったマスターとの一時的な共闘。 居場所の想像がつく、バーサーカーのマスターとの接触あたりが妥当なところか。 郊外の森の方角に目を向ける。 千里眼のスキルをもってしても、流石に様子を窺うことは叶わない。 目を閉じ、空を仰ぐ。 今はただ、待つだけだ。 訪れる時の為に。 「I am the bone of my sword ――――」 知らず、自己を表す言葉を、口にしていた。 20080213 決戦前の静けさ。  

2月13日/アーチャー





まさかランサーを連れてくるとはと、多少の驚愕はあったが、 この男とは因縁がある。 そして何より、この男と対峙することに、僅かばかりの歓喜もあった。 以前とは違う、ランサーの槍捌き。 それをなんとか凌ぐ。 そんな最中、ランサーは呟いた。 何故、凛を裏切りキャスターについたのかと。 本当にこの男は正規の英霊なのだと、 自身には理解できぬ境地にいる男に対し、私は嘆息した。 誇りを謳う英霊。 それを嘲笑い、私は挑発した。 決着をつける為に。 賭けに近い行動だが、時間をこれ以上かけるわけにもいかない。 その挑発に、ランサーは応えてきた。 解放された真名。 投擲される『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』。 それを、投影した『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』で、 魔力の大部分を消費し、片腕を潰されながらも、 なんとか防ぎきった。 そこでこの男との戦闘は終わり。 キャスターの監視が止まったことを確認し、 私はランサーに向け降参するように両手をあげた。 キャスターの打倒。 裏切りという行為は、その為の機会をつくるものでもあったのだから。 ランサーは背を向けた。 最後まで憎まれ口を叩きながらも。 キャスター打倒という一点において、私を阻む理由は無いのだろう。 随分と凛に肩入れしたものだとも思ったが、 確かに彼女の在り方は、この英霊には好ましいのだろうなと他人事のように思い。 私は次の戦場、教会地下へと向かった。 不意をつく形で、実に容易くキャスターを倒し、 マスターである葛木も仕留めた。 ここに至るまで、永かった。 やっと、殺せる。――――衛宮士郎を。 先手はセイバーにより阻まれる。 衛宮士郎本人だけが、私を深く理解していた。 私が殺そうとする理由を、恐らくは既に本能で感じ取っているのだろう。 凛が私を咎め、制してくるのを、私は拒絶し突き放した。 凛を剣の檻に封じる。 ここまできて彼女に邪魔されるわけにはいかない。 隠す理由も既に無く。 私は言葉にした。 自らの願望と、この身を埋める後悔。 オレは英雄になど、ならなければ良かったと。 それで終わりだ。 凛は確信し、セイバーもオレが誰の成れの果てなのかに気付く。 セイバーから敵意が消える。 それでも衛宮士郎を庇い、私を阻むセイバーに、私は剣を向けた。 容赦なぞしない。 直ぐに屈したセイバーへの止めの一撃を、 横から衛宮士郎が防いだ。 その衛宮士郎の抵抗を、嬉しく思う。 ここまで待たされたのだ。 少しは楽しませてもらわねば割に合わないと。 ―そんな余分な気持ちを抱いたことが、失策だったのかもしれない。 時間にすれば僅か。 その僅かな時を使い、凛はセイバーと契約を交わした。 凛とセイバーを再契約させるつもりではあったが、 それは衛宮士郎を殺したあとのこと。 狂いが生じ、舌を打つ。 剣技ではセイバーには及ばない。 決着はすぐにつく。 剣技で及ばないのならば、自らの世界に引き込み、仕留めるまで。 私は呪文を口にする。 それは、私にだけ許された、固有結界。 無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)      ――その体は きっと剣で 結果だけ言うならば、セイバーを倒すことは叶わなかった。 無力だった筈の衛宮士郎が、セイバーに向けた攻撃を全て捌いたからだ。 誤算といえば誤算。 この世界はつまり、エミヤシロウの世界で、奴にも力を与えた。 そういうことだ。 魔力を使い果たした私に残された道は、仕切り直しの為の退却。 凛を、交換条件につかう為、意識を刈り取り抱きかかえ、 邪魔の入らない場に移動することを告げれば。 衛宮士郎が郊外の城を、場に指定してくる。 それに頷き、その場を後にした。 衛宮士郎ならば、人質などとらずとも、私の前に立っただろう。 だからコレは、衛宮士郎に対してではなく、セイバーに対しての保険。 あとは、凛が、オレを見限るように。 恨んで、憎んで、忘れてくれればいい。オレのことなど。 自分勝手なそんな想いを秘めていることにも、見ない振りをして。 私は郊外の森。アインツベルンの城に向かった。 20080214 凛を人質にとったこと。 凛が士郎側にいると厄介だとか言ってたけど、 なんというか、無意識に嫌われようとしてるみたいだなーと。  

2月14日/アーチャー





――存在する意識に、私は驚愕した。 無数の宝具がこの身を貫く最期の瞬間。 私は無意識に、実体化を解いたのか。 恐らくは私がこうして、いまだ留まっていることに、誰も気付いてはいないだろう。 既にアーチャーのサーヴァントは退場した。 それは、自身ですら、そうと受け入れていた事なのだから。 私はもう、受け入れていた筈だ。 この身の消滅を。 だが、まだここに、存在しているその理由。 ――聖杯戦争の結末を。 凛と、衛宮士郎の結末を、最後まで見届けたいと思ったのか。 殺したいと渇望し、剣を幾度も打ち合い、その果てに得た答え。  …間違い、なんかじゃない…! まっすぐな、その視線を。  ――決して、間違いなんかじゃないんだから…! 信じられない程に容易く、私は受け止めた。 それは、答えだ。 彼だけに出せる、衛宮士郎でしか出せない、唯一つの答え。 自らが歪で、偽物であることは変わらない。 だが、その理想の形だけは、確かに美しいのだと。 そこに間違いなど、無いのだと。 衛宮士郎をギルガメッシュの放った宝具から庇ったのは、 認めたからだ。 この先を、生きることを認めた以上。 ここで死なせる訳にはいかない。 そして、最後の幕を引くのも、 あのサーヴァントを倒すのも、衛宮士郎の役目だ。 だから、こうして僅かに残された時間を。 私は見届ける為に使うことに決めた。 凛は衛宮士郎と共に衛宮邸に帰っただろう。セイバーを連れて。 凛の家の工房の魔方陣。 その場にいれば、僅かでも魔力を回復することができるかもしれない。 そうと決めてしまえば迷いもなく。 私はそこへ向かった。 霊体の状態ならば、あと数刻は持つだろう。 見届け、叶うならば助けを。 あの少女の為。そして―――――。 それが聖杯戦争の、私の今回の召喚の、終わりだ。 20080214 14日は、アーチャー視点でもじっくり描いてくれているので、 考えるとしたら、このあたりかなと。  

2月15日/アーチャー





裏切った私を、最後まで案じてくれた凛を、助けることができた。 私に敗北を認めさせ、あの日の本当の意味を思い出させた、 初めから自分の内にあった答えを、私に気付かせた衛宮士郎に、 借りを返すこともできた。 十分だ。 思い残すことは、無い。 呆然とした後、何かを――恐らく文句を――呟きながらも、 嬉しげに口元に笑みを浮かべた衛宮士郎。 必死に私の名を呼びながら、駆け寄ってくる凛。 今回の召喚での最期の記憶が、 こんなにも優しいものになったことに、感謝しよう。 だからオレは、オレとして、心から凛に言える。 自分を頼むと。 穏やかな想いを持って。 彼女に、笑いかけることが、できる。 そして、聖杯戦争の記録がまたひとつ。 既にいくつかある聖杯戦争の記録。 奇妙なものだ。 かつて、衛宮士郎という人間であった頃は、マスターとして参戦し。 今は、英霊―サーヴァントとして、幾度も参戦している。 その聖杯戦争の記録は、他とは多少違っていた。 最期まで見届けたこと。 衛宮士郎を殺し損ねた事実。 だが、ひとつの答えが、得られた事。 ――その答えが、僅かだけ、自分の心を軽くしている。 たいしたものではない。 それでも、今までとは、違う。   ああ、そうだな。頑張っていく。 そんな言葉が、過ぎっていった。 20080216 最終日。 いや、うん。士郎と弓の両想いっぷりは凄いと思う。 いがみ合っていた分、一度存在を認めてしまえば、なんというか。 弓が士郎を認めた瞬間、士郎もやっぱり目指す先はあの背中、 っていうのがね。もうこいつら……!! あれだけお互いに認めないって言ってたのに!