2月14日





日本からは遠く離れた異国の荒野。 『衛宮士郎』の持つ固有結界に囚われたかのような世界。 それは、なんて御誂え向きな場所。 風が鳴く。砂埃が舞う。空には厚い雲が立ち込めている。 日本を発ってから、世界を巡って、どれほどの時が流れようとも、 この日だけは、俺もアーチャーも忘れることは無い。 人払いの結界はアーチャーの手によって既に成されている。 お互い武装済み。手には干将莫耶。 じゃり、と地面の砂が音を立てる。 アーチャーから向けられる純度の高い殺意は一年ぶりで、 それにぞくぞくする自分に苦笑を零す。 普段は欠片も見せることが無くなったアーチャーの『衛宮士郎』に対する殺意。 年に一度のこの日だけに見せるその殺意が、徐々に大きくなっている理由を俺は理解している。 それだけ俺が、アーチャーのかつての姿に近付いているという証拠であると。 理解はしていても、悪いとは思っても、それをやめることは俺には出来ないから、 せめてこの日は、アーチャーの殺意を正面から受け止めて、力の限りねじ伏せる。 自分には負けられない。 その気持ちは、あの日からずっと、変わらない。 この男を、アーチャーを愛していても、愛しているからこそ。 一度、目を閉じた。 あの日を思い出す。 アインツベルンの城。脆弱な力で、それでも負けないと自分自身に立ち向かったあの日。 随分と遠くに来たなと、淡く微笑んだ。 「行くぞ、アーチャー………!!」 声を上げて、俺は干将莫耶を握り一気に間合いを詰めた。 剣と剣が打ち合わされて甲高い音を奏でる。 もう言葉は要らない。 俺達の間には、剣戟さえあればいい。 アーチャーの口元には確かに笑みが浮かび、きっと自分も同じ貌をしているのだと思った。 「――――ぁ、……っつ……!」 痛みに目が覚める。 「気付いたか。」 目を開けるとアーチャーが俺を見下ろしている姿が映った。 手を差し出されたのでありがたくその手を掴んで引き起こしてもらう。 立ち上がるのは億劫だったので上半身を起こすだけにして、一つ息を吐いた。 自分の体を確認すると、つけられた傷は既に手当てされていた。 アーチャーの方はといえば傷一つ無い。 当然といえば当然だ、実体化しているとは言ってもアーチャーは人間ではなく英霊、 傷を負っても致命傷でなければすぐにマスターからの魔力供給で修復される。 つまり、俺が付けた傷は俺の魔力によって癒される。 お互い様ということで、手当てに関して特に何も言わないようになったのはいつからだったか。 アーチャーは口を閉ざしたまま、俺の傍に静かに佇んでいた。 視線は俺ではなく、遥か彼方へ。 あれほど強く感じていた殺意は今はすっかり無い。 俺も同じ様にアーチャーが見ている彼方に目を向ける。 そこには沈みゆく太陽が在った。 荒野は赤く染まっている。 「……アーチャー。」 静かに男を呼んだ。 「…なんだね、衛宮士郎。」 常と変わらない声でアーチャーが答える。 俺は軋む体を動かして立ち上がり、アーチャーの正面に立って、 近くなった顔を近づけてその唇を自分の唇で塞いだ。 自分の口内は血の味がしていたが、構わず舌を絡める。 アーチャーの腕が腰に巻きついて、お返しとばかりに深く吸われた。 唇を離せば視線が合う。俺は笑った。 「傍にいてくれてありがとう。また一年、宜しく頼む。」 まるで年始の挨拶のようだが、そんな風に告げればアーチャーは困った風に眉間に皺を刻んで笑う。 「仕方が無い。マスターの望むままに。」 つい先ほどの殺し合いが嘘のように、甘い声で囁いたアーチャーが顔を近づけてくる。 それに目を閉じて応えれば重なる唇。 そういえばと日本での2月14日の意味を思い出して、 この後、糖分補給にチョコレートでも買いに行こうか、などと思いながら。 俺達は血の味の口づけを暫く交わしていた。 20110214 血のバレンタインデイ。 UBWトゥルーED弓現界数年後。 どれだけ時がたっても、ラブラブになっても、この日だけは本気で殺し合い。 一種の儀式となってます。