1月23日/言峰士郎





「訊いていいか。」 「ん?」 「アンタ、なんでまだいるんだ?」 「さぁな。」 教会の礼拝堂。 長椅子に暇そうに座っていたランサーに俺は問いかけた。 本当に、謎だ。 聖杯戦争から、丸1年が経とうとしていた。 聖杯戦争後。 奇妙な4日間を経て、今もなお現界しているサーヴァント達。 そう、ランサーだけではない。 ただランサーは実に厄介な状況になっていた。 もともとランサーは、聖杯戦争後、俺の望みで遠坂に仮のマスターとして 契約してもらっていたのだが。 奇妙な4日間。 俺自身の記憶が色々混在していて、はっきりと事態を把握できていないのだが。 その時にランサーの本来のマスターであるバゼットが存命していることがわかり、 一件落着、と思えばそうもいかず。 いつの間にか、ランサーは教会が保持するサーヴァント、ということになっているのだと、 言峰教会の後任者であるカレンが告げたおかげで、 (俺は綺礼の息子といっても所詮は見習い神父の身なので) ランサーの所有権を巡る、女の戦いが、密やかに始まってしまったのだった。 (ちなみに、ギルガメッシュも教会が保持するサーヴァント、ということらしい) 先程までバゼットもこの場にいた。 ランサーと何やら揉めていたようだが。 意外に、この男が、バゼットかカレンかどちらかをはっきり選べば、 簡単に決着はつく気がするのだが。 当の本人にそんな気は無いらしい。 良くも悪くも、どこまでも中庸な男だ。 まぁその話は置いておく。 先程バゼットが話していた内容、その中のひとつが耳に届いた。 今日はランサーがこの世界に召喚された日、とのこと。 それを聞いて、ああ、1年たったのかと思った時。 …思い出して、しまったのだ。 この男の前で、女々しくも泣いてしまった時のことを。 あの時は、本当に、こんなに長くこいつが現界していられるなんて、思いもせず。 「…やられ損じゃないか、俺。」 毒づかずにはいられなかった。 勿論、自分の気持ちに嘘は無いが、好きにさせたのは、そう長く現界するのは 不可能だと思ったからであって。 そうでもなければ、いくら好意を抱いているとはいっても、同性と寝るものか。 「さっさと消えた方が良かったか?」 俺の呟きを耳にしたランサーが口元に笑みさえ浮かべて言ってきた。 俺と目を合わせてくる。 「誰もそんなことは、言ってないだろ。」 睨みつけながらランサーに言い捨てる。 俺の返答など初めから承知していて、わざわざそんなことを訊いてきたのだ、ランサーは。 はぁとひとつ、息を吐く。 そう。結局はランサーがどうだという話ではなく、自分の精神面での問題なのだ。 複雑な心境を横に置けば、今もなおランサーが現界していることは、 素直に嬉しいと思っている。 そのことを目の前で笑うこの男に告げてやる気など、おきないが。 「…アンタを召喚したバゼットは当然として。俺としては綺礼にも感謝だな。」 思いついて、そう言葉にすると。 あからさまにランサーが嫌な顔をする。 「バゼットはともかく、なんであの野郎に感謝なんざ……。」 低い声で吐きすてるランサー。 俺は苦笑しながら、 「綺礼がバゼットからアンタを奪わなければ、この出会いは無かったわけだし。  敵同士って関係でしかないなら、殺し合うだけだっただろ、俺達。」 そんな風に言えば。 「それでも坊主のことは、気に入ったと思うぜ。オレはな。」 ランサーは何でもないことのように言って、笑う。 「俺はアンタほど、割り切れない。」 言いながら俺はランサーに歩み寄った。 だからこそ、俺は綺礼に対しても、感謝する。 ランサーとの出会いに関してのみ、だが。 本当の意味で敵同士、というのも、それはそれで面白かったかもしれない。 いや、実際ランサーとバゼットの二人なら、敵無しだったんじゃないだろうか。 ランサーもそうだが、バゼットも、運が無い。 いつもとは違う目線で、座っているランサーを俺は見下ろす。 ランサーは俺の視線を真っ直ぐに受け止め、見上げてくる。 こんな日ぐらいは、まぁこういうのもいいかと思って。 俺は、ランサーの額にそっと、唇を押し付けた。 槍士 すぐに顔を離すとランサーは目をぱちりと瞬く。 半分神様な奴相手に、見習い神父が何を、とも思ったが。 それにランサーがコレの意味を知っているとも、あまり思えない。 その意味を説明するつもりもなく。 知らないなら、それでも構わないと思った。 要するに、どう感じるかは、ランサー次第で。 感じたまま、受け取って貰えばいい。 額に口付けを落としたのは、見習い神父として、祝福の意味を込めて。 そうして今度は、瞼に唇を寄せる。 これは多分。俺の一番本心に近い意味の口付け。 俺は、アンタの生き様に、憧れてやまない。 「…士郎。」 ランサーが俺の名を呼ぶ。 耳慣れない響きは、どこか特別で。 瞼から唇を離して至近距離で視線を合わせる。 ランサーは、羽が触れるような軽さで、俺の唇に唇を触れさせてきて。 「…こういう気分でするのも、たまには悪かねぇな。」 そう言って、俺の腰を抱き寄せる。 「どういう気分だよ。」 俺の問いかけは、ランサーのくぐもった笑いによって流された。 俺も言ってないからお互い様かと、胸元にあるランサーの頭を抱きしめて、 癖のある蒼い髪に顔を埋めて、少し笑った。 ―――出逢えて良かった。 20080123 言峰士郎、槍士グッドED後。という感じで。 前に書いた切なさ自分でぶち壊してみた…。 なんでかずっと現界してます、ということで。 トゥルーEDでは4月前くらいにはサーヴァント連中はみんな還ってます。 ランサー召喚日の祝い小話なので、幸せいっぱいにしてみました。